昨日なんだけど


母から電話がありました


今までの私は

画面に母の名前がでると

出たくないな

まためんどくさいことやんな

などと憂鬱な気分になってました


でも

昨日は感じなかったな


でね

話の内容は村の人がなくなったてこと

お通夜や告別式のこと

だったの


で その中で何ヶ月か前に叔父がなくなったときと同じ台詞があったの


それって前に聞いたときは 

めんどくさいなー

なんなんだよー

って思ったの


でも 今回は全く感じなかった

それどころか

母は愛情からやってるんだなぁって

そう感じたの



あとね

母は私のこと認めない人

謝らないし

褒めないし


けど昨日はね 違ったの

いつもは私のことをだめっていってたのに

昨日は違った


その台詞きいてびっくりしちゃった


私の中が変わったんだなって思った


計算式が変わったから結果が変わったんだって思った




電話をきって


私は 母が だいすきだなぁって思ったの


泣けるほど だいすきだなって思ったの



私は母を本気で殺したいと思ったことがあります



あの人のせいで私はしんどいんだ


なんで私がこんなしんどいめにあわないといけないの


なんで私がお金と時間使っていろんなセラピー受けなきゃいけないの


なんでセミナーとかいかんならんの


あんたがいけばいいんやないの


周りは自分にお金かけとるのに何で私は


あんたらがしっかり育ててくれてたらこうなってへんのに


などなど いっぱい いっぱい 思って生きてきました


はよ死ねって言われてきた


孫だけでいい あんたはいらん


そんな言葉を毎日のように浴びせられながら生きてきました


自分の子どもも母に取られ


まぁ、色々ありました


いっぱい いっぱい ありました


書ききれないくらいありました




そんな母のことを 


だいすき


そう思える日がくるなんて




思おうとしてなったのではありません



気がつけばです



4月だったかな


心の中の声がなくなってることに気づきました


あんたらのせいでって思ってることがなくなってることに気づきました



母を嫌いだったのも好きだったから


すきもきらいも両方あるのは だいぶ前に気づいていました



でもね


そのすきとかじゃなかったんです



昨日感じたのは そんなのじゃなかったんです



溢れてやまない


だいすき


だったのです




私は 母のことをゆるせていました



心の底からゆるせていました



あぁ、ゆるせたんだと気づいた日でした




私は母の娘です



それを認められました




母をゆるすことは自分をゆるすこと



母を認めることは自分を認めること




憎んだままでは自分を愛せないのだなぁって


私は思います




無理にゆるそうとしなくていい


思い切り憎めばいい


憎んでも憎んでも


愛していることは消えないから


決してなくならないから


愛がなくなることはないのだから


いつか その愛に気づくときがくるから


今の私はそう思います




なぜなら


この世のすべては愛でしかないのだから




だから


愛そうとしなくていい



すでに


すべてが愛なのだから




気づこうが気づくまいが


それは変わらぬことだから




こんなこと言ってたって


またわかんないよ~泣

ってなったりするのがこつぶです



それでもよしです