終わった
私のどこかで止まったままだった歯車が動き、そして壊れました。
2009年1月29日
この日を、私は一生忘れないでしょう。
全てを投げ打ち、夢中になり、暴れ、泣き、色々なことを知ることができました。
止まってからしばらく何も考えられず、熱を出して倒れたこと。
SADSに夢中になり、時には無理やり忘れようとしたこと。
しかし忘れられず、ここの活動を必死で追いかけたこと。
ここ1年ほどは相棒や色々なものに熱中し、やはり忘れようしたこと。
それでも、忘れられるはずがありません。そんな簡単な想い出でもなかったし、そんな生ぬるいバンドでもありませんでした。
目の前で無期限活動停止を告げられたときのことを、九段下に向かう半蔵門線の車内で思い出しました。
武道館に向かう坂道にずらりと並ぶチケットを求めるファンの列をみて、昔を懐かしんだりしました。
物販への行列には本当に驚きましたが、そういえば98年の横浜アリーナもこんなだったとまた思い出したりもしました。
会場に入り、あまりにシンプルなセット(照明はかなり大掛かりでしたが)と超満員の観客を目にし、やっぱ黒夢だな、と何故か思いました。シンプルだから、でしょうか。
電気が消えた瞬間、心臓が破裂しかけました。
ブランクは6年。SADSからこちら、いわゆるライブには参加していません。勘を取り戻せるか。年齢とうまく付き合えるか。
そんな心配も、人時さんと清春さんが出てくる数十秒まででした。
人間って、不思議と忘れません。最初のFAKE STARから既に大暴れしてました。完全に十年前に戻ってました。
それからの2時間は本当に幸せな時間でした。周囲の人々と自分のノリは全く噛み合ってませんでしたが(笑)、そんなこと気にする間もありません。激しい曲のみに終始した選曲は武道館を熱狂させるのに充分でした。
途中のSADSの曲は真剣に驚きました。ただ、SADSと全く違うHateとSee A Pink Cellophaneでした。やはり重厚感が違う。
一種の感動すら覚えて、曲に合わせて揺れていました。
Like A Angelのときに、自然と涙が溢れ出しました。何故泣くのか、自分でも分かりません。
寂寞なのか。
感動なのか。
もっとも、泣いてたのは最初からだったんですが、Like A Angelでの涙とは、種類が違いました。
でも、今は説明できません。多分ずっと、分からないと思います。
Live後、杏智嬢とオールで飲み明かしましたが、結局黒夢の話になるとため息しか出ませんでした。
たぶんお互い、何も話せなかったのでしょう。
睡眠時間4時間で、全身筋肉痛+首のムチ打ち(ちなみに以前精密検査をした際、私の頚椎に後天的異常がありました。原因は明白)+咽の腫れを感じながら、30日を過ごし、静岡に戻りました。まだ全身に名誉の負傷の名残が残ってます。
今も首に湿布を貼りながら、ため息を零してます。やっぱり、簡単に言葉にできるほど、黒夢は軽くないんです。
ただ、これだけを清春さん、人時さんに伝えたいと思います。
ありがとうございました。
2009年2月1日 小森 あやな