再投稿致します。。。
〜島津斉彬公との対話〜
1月25日、久しぶりに前乗りして鹿児島の地を訪れました。
観光することもなく宿でゆっくりし、
夜中0時を過ぎたころには、眠りにつきましたが、
朝方4時頃、とある霊人が話しかけてこられました。
霊人 お前は何をしにここへ来た。
私 唄い奏で伝えるためです。
霊人 私を欺いているのか。
私 いいえ、相手に喜んでいただくために唄い奏で、
真を伝えることのどこがおかしいのですか。
霊人 そうであったか。申し訳なかった。
何故、そのようなことをしにわざわざ薩摩に来たのだ。
私 真を伝えるためにはまず相手に喜んで頂かなければ
話しを聞いてはもらえません。
ですから、私に出来ることとして唄い奏で、喜んで頂き、
心を開いていただくのです。
霊人 そうであるか。
まことを伝えるとはどのような話だ。
私 お互いに争わず、奪い合わない、お互いに認め合い分け合い、
貧富の優劣なくみんなが生きられる世界を作るための提案を
しに参りました。
霊人 国造りであるか?
私 はい。
霊人 私も善き国造りをしたいと思って生きていた。
私 良き世にするためには、真の教育こそが大切であると考えます。
みなが我が我がでは当然のごとく結果として戦となります。
ですから、まずはみんなが真の教育を受けることが必要なのです。
そうすれば、みんなで話し合い分かり合えるような意識となります。
霊人 なるほど、名はなんと申す。
私 神人です。
霊人 かみひと、とは、なぜだ?
私 神に感謝しながら生きる人、という意味です。
私にとって神とは、天地であり、命を司る存在の事を意味するものであります。
ですから、みんな神に生かされ、神の中で生き死に、
すべてが神の恩恵を頂いているものであると考えています。
霊人 確かにそうである。
私 ゆえに、神に感謝し、神を穢さぬ生き方をする教育を、
万人が受けられれば、この世から戦いがなくなると私は考えています。
霊人 それはどういう教育なのだ?
私 地を穢さない、破壊しない、奪い合わない。
その生き方をみんなが守るというというものです。
霊人 なるほど、よく分かった。良き教えだ。
我が一族にも伝えて参るとする。
今ここにいるものはみんな、そなたの話を聴いていたぞ。
私 失礼ですが、あなたはもしや、斉彬公ではありませんか?
霊人 斉彬である。
私 ありがとうございます。このご縁に感謝申し上げます。
霊人 私が分かるのか?
私 話し振りで、もしかしたらと思い伺いました。
霊人 そうか 先ほどそなたが指で描かれた形は、我が家紋であるが、
そなたは島津の者であるのか。
私 いいえ、私は蝦夷地の者です。
霊人 なんと!敵国から身ひとつでこの薩摩に来たとは、大した度胸だ。
私 私は本州北国は蝦夷の地で生まれ育ち、江戸の地に10年少し暮らし、
それから紀州、大阪、そして京の都に20年ほど暮らしています。
霊人 何故、我が家紋を使うのだ? 丸に十字は島津の家紋であるぞ。
私 私は二重丸に十字であり、世界の調和を意味する形として用いています。
霊人 そうであったか。これも縁である。これからはそなたを応援して参るとしよう。
私 ありがとうございます。世直しのためであるならば、お力添えくださると、
以前に家康公の御霊も同じことを申されました。
霊人 なんとそなた、徳川家康公と繋がっているのか。
私 はい。徳川家よりお力添え頂き、ご縁ある地で活動させて頂いております。
霊人 そうであったか。ならば話しは早い。そなたを薩摩隼人みなで応援しよう。
私 誠に失礼ながら申し上げます。
斉彬公は病で急死されたと歴史では言われておりますが、
それは真の話でしょうか?
霊人 いや、殺されたのだ。
私 、、、、やはり、そうでしたか。
あまりにも不自然過ぎる時期での急死でしたから。
霊人 幕府新勢力の刺客による毒殺である。
私 分かりました。その旨、今の世にお伝えさせて頂きます。
霊人 有り難い。宜しく頼む。
私 ひとつ、斉彬公にお願いがございます。お聞きいただけますでしょうか。
私は琉球と深い縁がございます。ゆえに薩摩との因縁を解消して頂けませんか。
霊人 そうであったか。分かった。良き国造りを致すために、
まずは身の回りから正さねばならん。そういたすと約束する。
私 まこと、有り難き思い申し上げます。
何卒どうか宜しくお願い致します。
大日月地大神御霊、守護霊様、
この度の良きお計らいにまこと有り難き思い奉ります。
うれしうれしたのしたのしありがたいありがたい、
むーうーるーうーおー
(みたまとの対話より一部引用)