「大日月地神示を読んでいるからといって自分には悪霊が憑依する

ことはない!悪霊に操られることはない!」と思っておられる方も

随分おられるようですので、申し上げておきます。

 

大日月地神示をどれだけ読んでも、悪霊からの憑依、関与という

ものは終わりません。己の中にある慢心が魔を呼び込むものなのです。

 

それはどういうことかと申せば、神示を拝読することは、

霊性進化するために必要なことを学ぶためにあり、拝読は、

その過程の行為に過ぎず、読むだけで霊性進化するわけではありません。

 

あくまで、拝読し自己理解が深まり、手放すものは手放し、

得るものを得られ、一つずつ成長して行かなければ意味がないのです。

 

ですから、ただ読んでいるだけでは魂は成長しません。

そのために、何度でも、考えながら読み込んで、改心すべきは改心し、

教えを生き方に反映させて行くことが重要なのです。

 

それは、共に神示を聞いている靈存在たちにも同じことが言えます。

 

霊的には浄化力がありますので、神示をチャクラに当てるだけでも

霊存在たちを浄霊することは出来ますが、変わりたくない、

変えられたくない、という囚われの強い霊は、その場から離れ行くか、

場合によっては、腹を立てて、攻撃してきたりもします。

 

人はみんなそれぞれ、霊性に応じた課題が与えられています。

ですから、霊験、憑依も、分相応に顕れるもので、神示を読んだから、

神示を読んでいるから、悪しき霊が寄ってきたり、憑依したり、

悪影響を受けるはずがないと、思い込むのは大きな間違いです。

 

神示は、虫除け、殺虫剤(悪霊除け)のようなものではないのです。

例えるとしたら、害虫(悪)を益虫(善)に変えて行くために

在るようなものとお考えください。(*本来、神の視点からは、

善も悪もないのですが、理解しやすくするために善悪を説いています。)

 

大日月地神示を拝読して行くと、個々、己の中にあるネガティヴな要因

(自己顕示欲、慢心さ、寂しさ、悲しみ、悔しさ、嫉しさ、嫌らしさなど)

が誇張されて顕れてきます。そしてそれは憑依している悪霊たちと共に

因縁浄化されて行く仕組みでもあると思って頂けると良いかと思います。

 

悪霊(人に危害を加える霊)も共に、

葛藤しながらも順々に学びながら変わりゆくものなのです。

 

大日月地神示の拝読には、個々が抱える課題に対する“浄化を促す作用”

がありますので、必ず、分相応に苦しみが顕れて参ります。

その顕れは、必要な苦しみということです。

 

根深いネガティヴな要因の浄霊浄化🟰デトックス(排毒作用)とは、

必ず苦しみが伴うものでありますが、浄化が終われば、払拭出来た喜びを、

はっきりと感じられ、次は色々な喜びを味わえる時期へと入って行きます。

 

 

みなみなうれしうれしたのしたのし

かわるかわるありがたいありがたい

 

 

2019年9月11日    神人 拝