自分さえ良ければ良いとする
価値観に居ない人であるならば、
他に愛されたいと願っているもの、
他の幸せを心から願っているものである。
しかし、時として、
真実を口にしなければならない時もある。
真実を明らかにする必要性があるゆえに、
洗脳された虚実の世界を終わらせるために、
本当のことを口にするならば、
人に嫌われると判っていても、
誰かを傷つけると判っていても、
仲間が離れていくと判っていても、、、
本当のことを口にしない生き方は、
突き詰めたならば、
実は容易いことである。
それは偽善を装い、
傍観者となることと同じであるから、
他の幸せに無関心な者と
同じ判断をすることだから、、、
判っていても言わないことは、
真の優しさであろうか?
判っていても言わないことは、
真の善なのであろうか?
損得勘定、云わぬが花、知らんぷり、、、?
真の優しさとは?
真のあるべき世界とは?
全ては、お試しであり、
己の心に刻まれるものである。
2016年3月11日 神人 拝