考えてみると阪神淡路大震災の年に東京の地下鉄で鳥の名前によく似た宗教団体がサリンを撒いたのかな?
というのはその年に12年勤めた会社を円満退社し、ヘッドハンティングの形で東京湾横断道路の掘削機(シールド・マシン…と呼ぶ)をGPSを利用して制御したソフト会社にメカトロニクスの長として入社したからなのだ。
12年勤めた会社で退社セレモニーをするはずだったのだが、サリン事件で昼のニュースをみんながテレビにかじりついて見ていたからセレモニーが中止になった記憶があるんです。
そーかぁ?あのサリン事件の日に会社を辞めたんだぁ~。
翌日からそのソフト会社に出勤したのだが、数日しないうちに国からの要請で、先日発生した阪神淡路大震災によって神戸港に壊滅的な被害が起こって その被害状況の調査をする装置の開発 製作依頼が舞い込んできたのでした。
大手ゼネコンが中心となってスタートしたプロジェクト。
東京のそのゼネコンの会議室で説明会があり
アメリカ製の超音波測定機を使って神戸港の岸壁付近の海底調査が主な目的である事を知る。
技術的な打ち合わせで
この超音波測定機を沈めて測定しただけでは、平面的な形しかわからない…ということで私は
ブランコのように一定の速度で測定機を振りながら測定すれば立体的に観測できるのでは?と提案した所
ゼネコンの担当者がアメリカへ国際電話をして
その理論は正しいか 確認したらOKが出た。
すぐさま紙に簡単な構造を書いて説明したら
すぐに製作に移るよう指示が出た。
今 思うとあの頃の僕は凄かったんだねぇ~(笑)
一定の速度を保つにはウォーム・ギアとサーボモーターの組み合わせで可能と経験上わかっていた。しかし海底だから最低でも10気圧くらい耐える構造でなければならない。駆動部には長年仕事で得た真空技術のシール方式を用いれば10気圧くらい耐える事はわかっていたが、問題は制御する電線の事。10気圧に耐えるメタルコンダクター(コンセントみたいな物)があるかどうかだった。
設計は4月に始まり5月に完成。問題のメタルコンダクターも見つかって
茨城県の海で実験が行われ開発担当者として実験に参加した。
自信はあったけど 実際に測定機を海に沈めてデータが送られて来るまでは水が侵入していないか心配でありました。
担当者に聞くと
なかなかのデータが採集できたと すこぶるご機嫌だったので
ホッとした記憶だけ残っている。
そして6月私は集合場所である和歌山県の港のそばのビジネスホテルに宿泊していた。
説明では神戸港まで行く道が寸断されているらしく 現場には漁船で行くことになった。
1時間くらい漁船に乗っただろうか?私は船に弱い方だったが 酔わずにいられた。
神戸港に着くと まず驚いたのが 振動による液状化現象で 港に続く道のあちこちが陥没していた。
現地の案内の方は
「とにかく 気をつけて歩いてください」
を連呼していたような気がする。
港の荷物を降ろす場所に到着して 唖然とした。
船からコンテナを降ろすタワークレーンが飴のようにぐにゃぐにゃに曲がって
地面は陥没し見るに無残な光景が広がっていました。
岸壁はあちこち崩れ落ち 残骸が海底に沈んでいるのがわかりました。
ようは貨物船が震災前のように港に接岸ができるかどうか その周辺の海底の調査なのです。
私が設計した振り子式超音波測定機が鉄パイプによって接続され 調査船の上から静かに海底に下ろされていく光景が見えました。
調査は数日間行われると言うことでしたが 初日に何のトラブルも無いと確認されたので
私は引き上げることにしました。
この光景がこの年の日本テレビ「24時間テレビ」で紹介された・・・と知ったのは放送の後のことでした。
とにかくあれから16年。
神戸港は復興したのでしょうか?あれ以来神戸には行っていないもので・・・。
気になります。
物は修理 修復さえすれば元に戻りますが
被害にあわれた方々の心は永久に癒されることはないのでしょう。
改めて犠牲になられた方々のご冥福をお祈り致します。


