昨夜は元同僚の先輩姉さんと電話🤙📞


気付いたら2時間も喋ってたニヤリ



そこで言われた言葉



【せっかく素晴らしいキャリア作ったんだから、ここで止まるのはダメよ、勿体ない!次進む道が大事。私たちのキャリアの積み方はやっぱりエリートコースに進まなきゃ。失敗してもいい。でも、やっぱり頂点を一度見ておくとその後が全然違うよ。】



と。




私がソロモンで出会った赤ちゃんを思い出した。





体重1500gくらいの赤ちゃん。





クリニックのトイレで産まれちゃって、抱えてタクシーで病院に行った。






私はあの時周りのソロモン人と一緒だった。





助けたくて保温したり、体位とったりした。





でも、それ以上のことできなかった。





正直どうしたらいいのかわからなかった。





酸素はあった、インファントウォーマーもあった。






呼吸器や薬品は無いとしても、あの時の私に技術と知識があれば助けられてたかも。





その時、もっと赤ちゃんのこと学びたいと思ったんだった。





ただ、今から新しい領域に踏み込む勇気が無く。






感じたことは感じた事、として封じ込んでいたのかも。






このままじゃ、いつか向こうにまた行った時に同じ思いをするかもしれないと思うと、新生児学を究めたいと思った。







姉さんに押されたのもあるかもしれないけど爆笑






次の私の目標、またできちゃった。





NICUで働く助産師になる。






そして、姉さんと話すと新たな発見や知識が毎回増える。ありがとうございますキョロキョロラブラブ











先日、現在勤務させてもらってる職場を退職することが決まりました。



5月半ばからなので、もうすぐ4ヶ月になります。



たったの4ヶ月ですが、本当に沢山悩んだし考えたしいろんな気持ちになった時間でした。




最初に働いていた大学病院とはまた違う個人病院の独特な感じ。




地方ならでは(なのかな?)の雰囲気と、先生との関係性、お産に対する考え、助産師として働くことについてなどなど。



正直出勤初日から「ん?」と思うこと多々あり、初めの1週間で退職届書きました。





初めに大学病院で勤務していたということも大きく関係していると思いますが、途上国2カ国経験もしてるしある程度の基本の考えは出来てるつもり。





だがしかし、「やっぱこのままじゃダメだ」と。
自然にそんな気持ちになりまして、3ヶ月経つ頃に主任や局長、院長等に伝えました。





正直辞めるのって結構大変だ、と感じました。でも、その分必要とされてるのか?とも。






私の退職という言葉が載っている今月の勤務表をみて、皆さんが声かけてくれて、予想外にも皆さんとても悲しんでいたり、いて欲しいよ〜と言ってくれたり、私がここを変えてくれると思ったよ〜必要だよ〜仕事もできて風当たりも良くて良い子が来てくれて嬉しかったのに…などと仰ってくださって。






何だか、とても胸が痛くなります。
私の勝手な気持ちの揺れ動くままに退職を決めさせて頂きましたが、こんなにも皆さんに必要とされてたのかもと思いましたし、ありがたいなと思いました。







だからこそ、残り3ヶ月の2020年は来年に向けて学びまくりたい!!!






まだやった事ないことも多いから色々なこと吸収したい!!!






そしてどこでも必要とされる人に。それに対応出来る人になる。







ひとつひとつ、積み上げていこう。






昨日は萌ちゃんと


静岡市にあるくさの助産院イエローハート



萌ちゃんのお姉ちゃんがこちらでお産されてて、みんなで行ってきました。





くさのさん、めちゃくちゃ笑顔が素敵。




もう、元の顔が笑顔でした。



話もしやすくて、穏やかで。




助産院の話をずっとしていたい気持ちになる。笑













こちらでは年間20人ほどの赤ちゃんが生まれてるそう。




先月から始まった産院巡り、5件目かな?





本当にいろーんな助産師と出会えて楽しい〜ニコニコラブラブ





そして、私の中の理想的な助産師のイメージ、やっぱりこれこそ助産師だよな、と思わせてくれる。私の中の自己肯定感?も高まってる気がする。









【いつか、開業】じゃなくて



【いつに開業出来る様に今すべきことを取り組む】という考えで




頑張ろう!!!





沢山の人に出会うことで、夢が進んでいくのを実感してる。





くさの先生、ありがとうございました。






助産院って皆さん知ってますか?



私は高校生の時に助産師になりたいと考えました。その時の私の中の助産師像は今で言う【お産婆さん】でした!!!



そして、それが助産院とリンクしてました。

私の中では助産師=助産院でした。

なので、私はいつかお産婆さんになり、助産院を開業する。


そのために助産師の資格をとる。



と、当たり前のように思っていました。


それから大学に入り、助産師の資格を無事取得して附属の大学病院に勤務しました。


その時は勤務に慣れること、覚えることに必死の毎日。ただ、私の中で大学病院で働くことへのリミットは決めてました。


大学病院で働きながらも、助産院で働くことに憧れを抱く日々。ただ、何故かそこで大学病院を辞めて助産院で働こうという気持ちにはなりませんでした。


振り返るとなぜ?と思うけど、つい最近まで助産院=知識や技術がないと働けないと思ってたから。



そして、今度はJICA海外協力隊に憧れを抱くようになり、2年間海外へ。



そして、今年帰国してから色々、本当に色々と考えました。ただ、毎日考えてて頭がぐるぐるでした。そんな中、先輩助産師に背中を押してもらい助産院探しを始める一歩が踏み込めました。




海外行ってきた=すぐ行動できる
という訳ではないんですよね。



色々なこと考えちゃうクセがあるんですね、私は。





8/6
山梨県北杜市にある松浦助産院へ訪問してきました〜!







松浦助産院の松浦さんに初めて会った時の印象は【とーっても心が安心する人】でした。


初対面でそう思わせる照子さんって、本当にすごい。



照子さんにサブでお産につく、習子さんと美幸さんもとってもいい人。


それも、その人の持ってるスキルなんですよね。




臨月にはいった妊婦さんのお産のための準備。




臨月に入ると3人1チームでサポートします。






必要な物品や、流れの確認!


このコッヘルとか入ってる布袋がもうカッコいい。





お次はNCPRの確認!

私は妊婦さん役でした下差し





そのあとは、妊婦健診へ!


妊婦健診はお家か助産院か選ぶことができ、お家でやりました〜!



ウクレレ担いでお宅訪問ちょうちょラブラブ





妊婦健診では血圧測定、NSTモニターチェック、近況会話、お産に向けての物品チェックなどを妊婦さんと家族と😌

それと、わたしが【?】になった




手首、足首、腰部に手をじっと当てる。


血流を促す、凝りや塊りをほぐす。





最後はウクレレ合唱〜ちょうちょ


とても楽しい時間でした。




その後のランチはこちらの







助産院ならではのお話が色々聞けました。


桃乗せサラダイエローハート



魯肉飯イエローハート




山梨のモモイエローハート




その人の出すオーラって本当に大切だなあ、と感じた日。



と共に、こういう人と一緒に働きたいなと感じた日。




そんな人になれるように。