もしもし、聞こえますか、見えますか。
こちらは、視覚障害と聴覚障害を併せ持つ、「盲ろう者」の私(彩菜)の、お粗末な随筆もどき。
たぶん、なんの気づきも得られないと思うが、よければゆるりとどうぞ。


むせ返りそうなぐらいの香ばしくも苦味のある香り。
お茶っぱをフライパンで炒った時の苦しいほどのいい香りに包まれながら、雨が降る外へ通じた窓を開ける。
あまりにも激しい雨音が、庭の屋根に当たっては弾けていく。
ザザーとか、ゴゴーとか、そんな感じで、少し風もあるらしく屋根の下にいても、顔に雨粒が飛んでくる。
そんな雨の今夜、私は「助けて」と言いたい気分で口を動かす。

あまりにも美味すぎるのである。
イカの生姜あえとでもいう、父用の酒のつまみが、あまりにも、狂わしいほどに美味いのである。

父はパチンコで、荒稼ぎしているのか、今になっても帰宅する様子がない。
祖母は「ぐっすりと眠れる方法」とやらを解説するテレビ番組を眺めていたせいではないだろうが、30分以上前に早々と寝床へ消えた。

まだまだ、親父は帰らない。
んでもって、祖母が寝る前にイカの生姜あえらしきものを、私の口に投げ入れて行った。

おろし生姜っぽいのと、醤油だれっぽいので、軽く茹でられたであろうイカを、混ぜ合わせただけのそれは、理性が飛びそうなぐらい美味しいのだ。
こいつを、自分でも再現したい。
できなくはないんだろうが、どうも、イカの部位とか製品情報がちっともわからない。
祖母に聞いても、「イカの頭でさっとゆがいてあって、刺身のコーナーにある」というぼんやりした情報しか得られず、混乱。
そんなに高くなかったとも炒ってたけど、本当のところはどうなのだろうか。

ともあれ、あまりに美味いそれを、少しずつ皿から摘んでは口に入れ、もっきゅーもっきゅーと噛み締める。
目が回りそう、美味すぎて。

生姜はイカに程よく塗れ、強めの清涼感と共にイカの馬にが、舌を貫いて脳天を貫き、私の心までも貫いてくる。
塩っけが染み出して、食感もよく、嚥下してしまうのが勿体無い。

まだ、親父は帰ってこない。
私が、全部食べてしまってもいいだろうか。
あまりの美味さゆえ、私が全部食べてしまってもいいだろうか。
つまみ食いは、ちょくちょくと進行している。

どーする、親父、君に猶予はないぞ。
帰ってくるのかこねぇのか。
どうせ、ボロ負けしてこちんこちんになって帰還するだろうに、娘に酒のつまみを奪われてしまうのか、かわいそうに。

でもね、なんだか、玄関の方から人の気配がする。
誰かなぁー、お客様かなぁー。
現在深夜0時のことである。
パチンコ屋はもう閉店だろうに、なぜ父は帰ってこないのだろう。
よそで飲んでる?
祝杯かやけ酒か、さてさて、どっちなのかなー?

で、で、で、
私が全部食べてあげるね、おつまみ。

……ヤベ、父母帰宅しやがった。
ちなみに、父はこちんこちん、母はほっくほく。

完。