昔の、甘味は苦味に変わり苦味は甘味に変わるのか | fire up ayan's day

fire up ayan's day

徒然戯言日記

先週末、電車の中で、春ドラマのチェックしてたらば、見覚えあるタイトルが
家帰って本棚さばくってみると、あったあった「あなたには帰る家がある」いつ買ったのかも記憶にないけど学生んときにだ、内容もうろ覚えだから、雪崩込むよに一気読みした
ところで、はて、どーしてこの本買ったのかしらん
と謎。というのも作者に馴染みがないからだ。学生時代は作者で選んで買っていたから、好きな作家さんのばっかりをコンプリートしてたように思う、ので、ピンで一冊買うってことはあんまりないんだわ、だから、昔の集まった本から今春のドラマの原作でてくるなんて、ちょっと得したような気分になった。笑

懐古な趣味はないんだけんど、なんだろう、例えば林真理子氏はコピーライター時代のエッセイの頃からずっと好きで。不機嫌な果実はハードで持ってて昔、初めてドラマ化されたときは、なんか勝手に嬉しくてで、このたび西郷どんと大波来たから、ほれやっぱりねと自己満足。

本を読む自分を人に見せたり言ったりするのは、恥ずかしいってか抵抗あんだけど(たまにいるじゃん、本読む自分ひけらかす人)ごくたまに「アタリだった」と思うことがあるからやめられん。 あ、ドラマ化されたことだけをとってアタリってことではないけれどね

来月の旅にちなんで同期に貸したこの作品、今わたしの中では激アツ。笑
ハウステンボスいくなら再び読み返さなきゃいかんやつだ

きのう、長崎の例のナムジャチングから電話きてさ、人と長電話する機会はそうそうなくなった昨今だからして、これが好きでたまらん人だったらなぁと思った。うん。で、その人ったら6月ライヴに私が来ること前提で話してることに途中で気づき。ちょっと待ってよ行けないよ
ってなり。(行かないよ、ではなく行けないよと言うのはわたしの優しさね)来月友達と長崎には行くんだけど、オススメスポットはどこかな?とつい言ってしまた

ほなら、なにがなんでもその日に会うと言ってきたから、しまったまたやらかしたとあわてて「(あんたを)知らない友達といくし、それは無理だよ、それはルールに反するから」と言ったところ、変な誤解され。何もしない、会って話したいだけなのになんで無理なん?ってなり、正直びびった‼

こんな歳になっても青いことマジで言ってのけるのは元ビジュならではなのか、、、

長年会ってないひとと共通の今の話題もないのに会うのは色んな意味で恐ろしいし、そーゆーのもう懲りた。名古屋か、せめて東京、大阪くらいでライヴをするなら(できるなら)あれだけどリアリティーに欠ける

複雑な今までの親の闘病、事情みたくなの延々聞いて、ちょっと重くなり「ひろことか他にも連絡したげなよ、あの頃やってたじゃん、笑」と空気を明るくしようと試みたりして。独白に毒吐く的な酷いわたし。

話が劣勢方向になりそだったとこで、なんとか無事終了できたんだけど、やっぱりわたしの昔の行いが返ってきたんだとうなだれた。誰にだって思い出すと草むらを転げ回りたくなる過去の小さい1つや2つはあるはず、わたしだってそうだ。「あのとき、あーやんは○○だった」と蒸し返されるのは、苦い、マジで。笑

そんなんで、なんか気分いまいち上がらずなままで今週も始まったわけだけど、ひととのツナガリや関わりって運命だったり、縁だったりって本当なんだろか、スピリチュアラーではないけど考えてしまう最近である。