2017年10月5日初版発行された潮文庫、
加来耕三さんの作品「龍馬は生きていた」。
2018年4月21日に読破。
今日の授業に間に合うよう必死に読んだけど、いやあ、長かった。
個人的に歴史において、坂本龍馬は好きな人物ではあったけれど、如何せん歴史物を読んだのはコレが初めてで、
予備知識も何も無く、読んだわけなんだが…。
うん、すっげえ難しい単語がいっぱいで、理解できてる部分がだいぶ少ない。
まずは粗筋から入ろうと思うんだが、
俺の理解できてる点だけで説明すると、
一般の歴史書なんかじゃ、龍馬は暗殺で殺されたとされているが、アレは改変された歴史に過ぎず、あの時殺されていたのは影武者だった。龍馬は生きており、ピンチにあった後藤象二郎を上手く言いくるめ、「翔天隊」を結成。人員、戦費(プリンツ・アダルベルト)諸々を国を売る(表面ではそう捉えられるような)ことによって、外国から仕入れたりし、西征軍が薩長二藩を相手に攻撃を仕掛けるのを食い止めることに成功する。しかし、外国とのやり取りが漏れてしまい龍馬は狙われることに。元より梅毒という病の進行もあってか時間がない事を悟った龍馬はお龍へ中岡に、自分が外国に国を売ることによって戦費諸々を得ていたことを知らせるようにとの手紙を出す。最期は中岡の手により殺されてしまう龍馬であったが、果たしてそれも本当の龍馬なのだろうか…
という感じの話だ。
まず読み終えてから本作の一ページ目を見る。そこには元翔天隊士が龍馬が目の前でたたっ斬られるのをこの目で見たと証言してあるのだが、今に思うとこの翔天隊士に龍馬の可能性も見れるというものだ。
龍馬は生きていた。この作品で個人的に面白かった点は、たくさんあるが、主に龍馬という人物がよく描かれていた場面があってそこが好きだったりする。
そして、勿論題名通りに坂本龍馬が主人公なのだろうが、ここに副主人公を見つけるとするならば、後藤象二郎だろうと思う。
彼もまた面白いキャラクターだ。予想外の事実を知るもつとめて顔には出さないようにしていたり、
土佐藩が救われるなら自分一つの命ぐらいどうなってもいいと決断できるところ。
そこからは龍馬の秘策のお陰で、だいぶ頼られる位まで昇る後藤。
いやあ、だいぶね。人間らしいっちゃ人間らしいけど、潔いっていいよね。
他にも容堂とか出てきたけど、容堂もまた何だか面白いキャラだった。大事な会議だろうに、酔っぱらったまま出席するところとかね。
「なんといいやる、この陪臣めが」(P63抜粋)
容堂で気に入ったセリフw
あとね、龍馬の妻のお龍さんの色気の凄まじさね。すごい表現が分かりやすくてイメージしやすい。
お酒で酔ってることから、龍馬が心配で不安だったこと。啜り泣くところから伝わる龍馬への愛。
こういう時代って嫁ぐというか、嫁がされるって印象が強くて、本当の愛とかいうのがないってイメージなんだけど、
お龍は龍馬に拾われて救われたって感じなんだろうなあ。
表現の仕方といえば、一月を正月(正月五日)などで表していたり、
積もった雪に落ちる描写
――外では宵の口から降りはじめた雪が、風のない中空をまだ舞っていた。わずかに積もった雪面にふれるときだけ、舞いおちた雪は囁くような音をたてた。(P67抜粋)
この表現の仕方には感嘆する。とても美しい描写だ。
そして、薩摩は確か結構都合の良くない事が起こると、刀で解決するんだったかな。
人斬り半次郎が出てきたのだが、多分薩摩の雇ってる殺し屋みたいなもんなんだろうな。
この人斬り半次郎の描写がすごくかっこよかった。
――かすかな月の光の下で、半次郎が無邪気な笑みをもらしたが、それは弥太郎には見えなかった。(P323抜粋)
いやー人斬りに月に無邪気な笑みってこの三つのワードが繋がるとカッコいいよなあ。
凄く人斬り半次郎に興味を持った瞬間である。彼が主人公の話はどこかに無いだろうか。
後で調べよう。
さて、じゃあ本命の龍馬の話になる。これも終盤にさしかかってようやく形を持って現れた龍馬という人間について。
俺の考える龍馬は、「日本の夜明けぜよ」「日本を洗濯する」とかだいぶ大きな目標を持つ、それでいて争いを好まないような優しい性格というイメージだったが、
まあ、この作品の中では、一度仲間に殺されかけている龍馬くんです。そりゃあ、疑心暗鬼にもなるし、仲間であっても早々信じられなかったりするわけですよ。
本作の中じゃ気に入らないヤツは囮に使うといった描写が出てきたり、終盤においては、多くの人々を偽り、欺き、傷つけ、裏切ったりと夢の代償に潰したりもしたとある。
欧米列強のごとく、傍若無人で冷淡で手前勝手の小狡いだけの民族に日本人にはなってほしくない。それが龍馬の思いだったという。
自分の大義名分の為に、人を騙して傷つけ潰したりという代償を払ってきた龍馬くんです。勿論周囲の人からは、「傍若無人」、「非道い」、そして表記されてはいなかったが、大義名分を吐いておいて、武器を手に入れる際に国の一部を売った龍馬に、中岡は裏切られたような失望感や怒りを感じながら、「身勝手」さも感じたのではなかろうか。
そんな龍馬くんは、日本人には「傍若無人」にも「冷淡」にも「身勝手」にもなってほしくないと言うのです。
つまり。そうなってほしくない為に、今の世の中ではダメだと、日本を変える為に龍馬は「傍若無人で冷淡で身勝手」になった訳です。
ここを読んでて思ったんだけどね。やっぱりさ、夢を叶えるためにはみんな身勝手になるもんだよ。夢を叶える代償に、何かを犠牲にしなければ、回らないもんなんだよ。
だから争いがあるんだよ。どこにでもね。目に見える争いだったり目に見えない争いだったり。そこで夢を掴むために、蹴落としたり「冷淡」にもならなきゃならない時がある。
この鎖国がどうとかだから、まだ江戸時代なのかな?この時代も手紙はあっても携帯は無かった訳だから、口頭で伝えに走ったりしなきゃいけない。
この小説に出てくるキャラクター達は、みんながみんな国を変える為に、国の為に頭を悩ませたり走ったり、何かを守る為に、何かを成し遂げる為に必死だった。その為に武器も用いた。薩摩は戦略的撤退にも出てた。
そしてみんなと違う夢を見ている龍馬は、独り。夢に真っすぐすぎて、やっぱり誰にも理解されなかった。
でも先に言った通り、国を良くする為に善意で動いているのに、周りからは冷たいと思われるような事をしなければいけないだなんて、
辛いだろうなあ。
俺の馬鹿さ加減もあってこんな感想しか述べられないけれど、
とりあえず分かった事は、結局歴史なんて真実は何処にも見えないということである。((