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孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日に続いてコメダに来ている。

今日は昨日の続きで、彼女のためにした俺の貢献について書こうと思う。

 

まず、俺がしたことの一番が、彼女の広い家や広い庭の作業。

 

彼女は高校生の下宿屋をしているので、別棟等部屋数も多く、家の傷んだ所が数え切れないくらい放置されており、また庭も広いので庭木が生えっぱなしになっており、またゴミや空き缶、ペットボトルが家の周り中散乱しており、捨てっぱなしになっていた。

 

俺はこれらの家の修理、庭木の伐採、ゴミの片付け等、彼女と付き合い出して2年4ヶ月は最低週2回、その後、家を出ていた元妻との調停離婚が決まり、コロナで彼女が俺の家に来るようになった数ヶ月と、俺が彼女の家に行きたくなくなって彼女が俺の家に来るようになった最近のこの半年を除き、間の1年くらいは週1回は泊まっていたので、その間は作業の毎日だった。

 

屋根に上がったり、大きな桜の木に登っての伐採等、生え茂った庭木の剪定。

 

彼女の家の修理もやった。

俺は大工仕事が好きで、いろいろ道具を持っているので、彼女の家に持ち込み、床の張替え、天井の雨漏り修理、屋根の波板の張り替え、風呂の着替え場所の天井、床の張替え、風呂の壁の穴あき等修理、家外壁のトタン穴あきの修理、庭の水たまりの補正。

等々あげればきりがない。

 

彼女は嫌なこと、困難なことは逃げるので、これらが投げっぱなしになっていて目が当てられず、俺としてはほっとけなかったのだ。

 

また、俺の家の余っていた温風機等を持って行ってやったり、寒さで水道管が破裂し、風呂のガス給湯器を変えなければいけなくなった時は、20万円貸したりもした。これはいつの間にかチャラになった。

 

また、彼女の姉妹が亡くなったりした時は、2回ほど俺の車で2時間以上かけて、彼女を連れて行ったりもした。

 

また、一昨年夏に俺の母親が死んだ時は、母宅の家財、衣服等を、俺の家から4時間かかる遠くの母宅から、彼女の家に2.3回運び込み、彼女にもらってもらった。

これは俺にとっても有り難かったが、彼女も喜んでくれた。

 

等々あげたらきりがないが、このように俺は彼女のためにいろいろやった。

 

しかし彼女はこれらについて、ほとんど礼を言ったことがない。

その度に俺は不快になり、怒り、別れ話にまでなったこともある。

 

これらのことは彼女が俺に頼んだのではないが、彼女の家に泊まったりしていると、全てがめちゃくちゃなので、俺としてはやらざるを得なくなったのだ。

 

彼女はこのあたりも、何かおかしいのだ。