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孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は午前中ベッドで、ネットを見ながらゴロゴロ。

これもなかなか乙なものだ。

昼前からM男とドライブし、途中温泉に入った。

2時間ほど入っていたが、上がったら腰の痛みが軽減されていた。

温泉の効能は、実際あることもあるのだと始めて知った。

温泉ではM男は知らない男とずっと話しており、俺は嫉妬からか心が固くなったのでちょうどいいと思い、トラウマ解消に努めた。

トラウマ解消は「捨てる」で溶けたのだが、驚いたことに、俺はM男に無意識的に愛情や庇護を求めていたのかもしれない。

M男はいつも一方的に誘って来るので、俺は都合がつけばほとんど応じており、今考えれば、ドライブだけでも結構楽しくなっているのだ。

以前はドライブだけだと、おもろくなく断ることも結構あった。

というのはM男とのドライブでの会話で、不愉快になることが多かったのだ。

M男の話は自慢話で、つきつめれば、自分の劣等感を回復するための自分の優越性を主張するものが多く、人の話を純粋に聞くことはなく、自分の優越性に置き換える。

だから俺が話し始めても、自分が劣等感を感じればすぐに話題を変えるし、突然意図の分からない発言をする。

今は、俺はこれらの発言の意図が分かっているので、それほど問題にせず傷つくこともなく、今ではこれらの発言を、意味が分からん、何で今それを言うのか分からんと、かまったり、黙って無視したりしてやり過ごすので、M男のくせが嫌では無くなっているのだ。

そういうことで、M男との関係はいつもM男が一方的に誘い、俺から誘うことはほとんど無いという意味で、俺が優位性を保っているように感じていたが、それもM男の俺に対する積極性があってのもので、風呂の一件のようにその対象が他の人に向けられたら、俺はひとたまりも無く、俺の優越性も吹き飛び、俺は嫉妬で固くなるということだったようだ。