孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて) -129ページ目

孤独を生きる(孤独な心と人間関係を求めて)

60才で定年退職し家庭内離婚実行中の孤独なACの万年青年が、男女の交遊を求めて彷徨うさまを記録します。

昨日は皆子供達が帰り出し、早朝、中心の次男家族が帰り、昼過ぎに娘家族が帰り、夕方長男家族が帰って行った。

俺としては、娘が早く帰るのは誤算で、孫娘とわかれるのは、ちよっと辛かった。

孫娘は1歳半だが、人なつこくて活発で、彼女がいるだけで場が和んだ。

3歳半になる長男の男の子とも、彼女がリードして仲良くなり、長男の子も喜んで一緒に遊んだ。

俺には人一倍なついてくれていて、笑顔を振りまいてくれ、抱っこもよく要求してくれた。

俺はこの前からこの孫娘の写真を携帯の待受画面に設定していたが、今回も写真を撮りなおし、設定し直した。

他の孫には申し訳ないが、可愛さが違うのだ。

皆が帰った中で、妻と三男が言い争いをしていた。

妻の執拗な攻撃に三男も頭に来ていたが、途中で諦め自分から収めていたが、それでも妻がやめないので、おれが、もうやめんか、お前は異常だぞと言うと、妻は2対1でまずいと思ったのか、めづらしく黙った。

側から見ていると、余計妻の異常さが分かり、三男にもそのことがわかった方がいいと思った。

夜風呂でのトラウマ解消は、M男を想定したら溶け出し、それは何か考えたら、親戚のおじさんだった。

M男との付き合いは、親しく一緒に行動するようになったのは3、4年ほどか。

いつもM男からの誘いに乗る形で、俺からはほとんどなかった。

カラオケ喫茶や温泉、それに買い物をしにドライブした。

車はM男の車だから、俺はそれほど行きたくはなくても、暇だし友達もいないから、まあいいかと付き合ってきた。

今では、俺の生活の三分の一はM男との付き合いだ。

M男はいい加減な男で、付き合っていても、嘘やハッタリがあるし、人の話は聞かないし、いざとなったら逃げるのであてにはしにくく、周りに知り合いはたくさんいるようだが、親しく付き合うものは今は俺一人のようだ。

そこで今俺は、A子のことでM男と距離を取ろうとしており、それでトラウマが溶けてきたのだが、それが幼少期の親戚のおじさんのトラウマだったから、驚きだ。

親戚のおじさんは俺を誘い、親戚の家に俺が行くように仕向けた張本人のようで、俺は彼に一番なつき、自分の本当の祖父のように思い接していた。

彼も俺を可愛がってくれていたが、おばさんや娘から俺がいじめられ、そこの家にいるのを非難される時など、いざという時には知らん顔をし、逃げていた。

俺はその度に、何故と思い、恨めしかった。

あんだけ俺を家に来るように誘い、可愛がってくれているのに。

まあ、おじさんはよそ者だったから、俺を取り込んで、地域で有力な俺の家を利用しようとしたのだろう。

そのおじさんとM男とは、俺を利用するため誘っている、という点で同じということか。

M男は、俺と一緒だと信用がつく、女性と交流ができる、農業を手伝わすことができる、一人よりいい、など利用できるのだろう。

いずれにせよ、深いところのおじさんのトラウマが溶けた。