久しぶりにアメブロ開きました。

インスタやらTwitterやらで、

嵐ロスから、BTSを追う日々になり、もうどれだけ経つだろう。

現実逃避しながら、日々、かわいいかわいいと推し活しております。



母が、とうとう余命宣告されました。

あと3ヶ月もつかどうか。



お母さんは、骨髄異形成症候群

血液を作れなくなる病気

一年くらい前に診断された。

ビダーザという、注射が効いて、血液が増えていった。

さすがだね!お母さんはすごいね!

って。もう死ぬと思ってた私とかをよそに

お母さんは

「お母さんは死なないよ。病気に負けてまたるか!」って言ってた。

今も言ってる。

お父さんは常に

『お母さんはもう長くない』とずっと言っていた。

何も家事もできなかったお父さんはこの1年ほどでいろいろなことができるようになった。

お母さんが昔からなんでもやってきたから。せっかちなお母さんが先回りして、いつも世話焼いてきたから。

お父さんはなんも知らない。なんもできない。

でも、とてもがんばってお母さんに寄り添っている。

入院、通院。

お父さんの脊柱管狭窄症の手術も、6月にやったばかり。

大きなコルセットをはめての、老々介護。

お父さんとお母さんは仲が良い。

8つも年上のお母さん。

自分にも他人にも厳しいけど、愛情深い世話焼きな人。

みんなに慕われて、ストイックで、オシャレで、羽ぶりもよくて、みんなお母さんのことが好きだった。怖かったけど。愛情深いから、好かれたのだろうね。


そんなお母さんも、ビダーザが効かなくなって、血液が作れなくなって。

毎日、しんどくて。

でも、気丈で。私はまだ怒られてばかり。

口うるさいことばっかり、通常通りの会話。


週末に行ったら、

葬式のこと、四十九日法要のこと、お棺の中に入れて欲しいもの。

そんな話を業務連絡のように話してきた。

前にも話したけど、まだまだ私はピンとこなくて。

現実を受け入れられなくて、どこか遠い未来の話のように聞いていた。


まさか、3ヶ月なんて思わないから。


お母さんは、あと1年持つか2年生きれるか。って話していて、まだまだ生きる気は満々。

でも、血液つくれない身体は相当えらいんだと思う。


ビダーザが効かなくなって、次は飲み薬で治療するということで、26日から入院することになった。

その時に主治医の先生にこっそりと父が余命を聞いた。

そうしたら、「3ヶ月もてば…」とのこと。

お父さんは、もう覚悟していたが、本人はそんなこと知らずにいることが苦しいと言っていた。


お母さんは、


いずれ死ぬ その人の運命

そんなこと、みんな一緒

こわいことなんてない

いつ死んでも悔いはない

幸せな人生


って。

いろんな人を送ってきたからね。

いろんな人の葬式の世話焼いてきたからね


でもさ、でもさ、私はそんなこと、慣れてないんだよ

お母さんがいなくなったら、分からないこと誰に聞けばいいんだよ

もう大人なのに、わからないんだよ

お母さんにいっぱいほめられたいんだよ

あんたは幸せだねって言って欲しいんだよ

憎たらしいこと言い合いたいんだよ

まだまだまだまだ


まだ受け入れられません。

昔からひばらさんのブログ見てました。

介護や看取りのこともどこか遠い感じでみてました。

今はとても癒されます。

でもまだ受け入れられません。

まだ生きてるのに、死んだことを考えて悲しくなります。

もう時間ないのに、どうすればいいんだろう。


この一年ほど、お母さんとのボーナスタイムだったと思う。

死ぬかもとか思いながらも普通に会って普通に喧嘩して昔話して。

本当に大切な時間だったけど、まだまだ終わりたくない。


お母さんは幸せに死んでいくんだろう。

でもまだそんな姿を見たくない。

痩せ細って、「おしゃれも出来んで恥ずかしいわー。」って言ってるお母さんでも、一日でも長く生きてほしい。

一緒にお母さんの故郷の新潟に旅行行きたかったな。

今度の薬きいたら、できるかな?

余命3ヶ月って、どーしたらいいんかな。