今更ながら、うろ覚えになりかかっていた出産の時の思い出を振り返ろうと思います。

分娩室に通されてすぐ、メガネは危ないからと外されました。私の視野は完全にうしなわれ、目を開けていてもぼんやりとしか見えないから目を閉じることにしました。

産院によっては、目を開けるように言われるみたいですけどね。目を閉じるほうに筋力使うなら産む方に筋力を、ということみたいですが。

で、私は陣痛&分娩進行中は目を閉じてましたので、スタッフさんの声は聞こえてましたが、どんなお顔の方なのかとか、どんなお名前の方なのか?とか、生まれたあと、それから今も実はわかりません😅💦もう知る術もないことですが。


そして意識朦朧としていて、視界もぼんやりしているともう、どうとでもなれえーんあせるあせると思う気持ちと、イヤイヤ、理性を失ったらあかん、という気持ちとで揺れ動いておりましたあせるあせる

妊婦検診の際の待合室での愛読書が「コウノドリ」だったのですが、理性を失うというか、保てず、豹変する女性とかも登場してて、「うわぁ、こうはなりたくないなぁあせる」とか思っていたので😅💦

そして以前、旦那氏に、豹変したらごめんと言ったら、「そうなったら俺は分娩室から出ていく」と言われていた、嘘かほんとかわからない言葉も気になっていたから。

実際、理性を失った方が気持ちも楽だったのかもしれませんが、、どうしても気持ちよりも頭が変にそういう時だけ働いてましたねあせる

普段は働かないのに、どうしてそういう時だけ、っていうね😅💦

それから、、

よく話に聞いていた、言われたタイミングでしか「いきんだらあかん」という言葉も。

分娩室行く寸前には、「ああ、これがいきみたいって感覚か。でも今はあかんねんなえーんまだあかんまだあかん」と自分と戦っておりました。

特に分娩室寸前に行ったおトイレ。1人で個室の壁に両手で踏ん張りながら、呪文のように、「まだあかんまだあかん、ちぃちゃん、頑張ろう。ままだあかん」とお腹の中のわが子と共に、必死にいきみたい気持ちと戦っておりました。実際呟いておりました。

なんというのが近いイメージなのかなぁ?
💩したくなって、でも、便秘で、なかなか出ない時の感覚?

それか、💩を急にしたくなって、電車内やから、必死に耐えてる時の感覚??

😅💦

分娩室に通されて、分娩台に登るように言われて、めっちゃいきみたくなった時。辛かったなぁえーん

分娩台に乗るのもそもそも辛かったけど、、、あせる

足を開いて、とか、えっ、この痛いのに無理やし、みたいなあせる

もう痛いのが我慢出来なくなった時、「いきんでいいんやよ」の言葉✨✨

「えっ。いいんですか!?

そのあと、ようやくいきむのスタート。

どのくらい経ったのか、分からないけど、台の上で大量に破水しました。

そのあとはもう、💩出てもいいや、とか、オシッコやおなら出てももういいやあせると、ある意味、開き直ることが出来ました。

破水した瞬間、すごく硬い蓋を開いたかのような開放感がありました。

そこからは進みましたねえ。。

そこに至るまでが長かったし、痛かったなあと今は思います。

陣痛室にいる間にも、モニターをチェックしながら、時折、内診されてましたが、「陣痛のタイミングで内診しよか
」と言われた時、最初は大人しく受けてましたが、どうやらその度にグリグリと人の手で子宮口を開いている様子あせるそれがめっちゃ痛いのですえーん

何回かそれが繰り返されて、おかげで、子宮口全開になったんやろなと今は思いますが、その時は、「また陣痛中に内診しよか」と言われた時には、「それ、痛いからイヤですゲローゲロー」と断ってる自分がいました💦

助産師さんも困るから、「そう言われてもねえ~😅」と言ってて、結果、するのですが、その度に、痛い痛いと叫んでましたショックあせる

そして陣痛中、タイミングよくスタッフさんがベッドを訪ねて来てくれたら、痛い箇所をさすってもらいました。が、それも、「そこちゃう!却って痛いあせる」ともう敬語とか、痛すぎて使われへんえーんな状態になってました。

もしかしたら、赤ちゃんが私の骨盤よりも大きかったりしたら物理的に通らないし、帝王切開かも?とかも、言われて、手術のための準備も並行して用意してくれてはいましたが、この痛いのを散々経験してから、とか無理やわー💦と思ってました。

何度も何度も、「もう生まれる??あと何分くらい??あと数時間かかる??」と、誰にもわからないことを聞いてる私がいました💦

痛いのがMAXになってきて、いきむと、そもそも上手に息も吸えなくなり、「吸って吐いて~吸って吐いて~、はい、吸ってから、いきんで!!」
が本来の呼吸。

それが、吸って~いきむ!みたいになったこともあったし、吸って、いきむいきむいきむ!みたいになってしまったこともありました。

それだと息がめっちゃ苦しくなるのですが、息吸うのもしんどくて、とにかくいきみたいみたいなあせる

小刻みにいきむよりも、思いっきりいきんだ方がお産も進みやすいらしいけど、そんなん無理やしえーんでした。

で、酸素濃度が低下したのでしょうかぼけー私の口には酸素送るためのマスクが途中から付けられましたあせるあせる

もう、それ付けた方が却って苦しくなるし!!と意味不明な状態になってましたが、手で振り払いたい酸素マスクは何とか振り払わずに付けられるままになってましたあせる

あまりに痛がるからか、さらに途中で、痛むのがマシになる注射も打たれました。皮下注射らしいけど、未だにちょっと腕の打たれたあたりが痛い
あせるそしてその注射が打たれたあとと打たれる前の痛みの違いがよく分からないアセアセ

ていうか、呼吸も、酸素マスクが有るのと無いのとで違いがやはりあまりわからないえーん

分娩台は手を持つ場所が決まってて、その棒?手すり的な?やつは結構下の方にあって、え、、何でこんな下にあるん?!と思ってました。

丸くなった方が楽に産めるのかな?たぶん。

どんどんお産が進むのに連れて、いきんでいたら身体が下に下がり、何度か上に上がるように言われて、それすら、え、動くとか無理やしえーんな状態でしたねあせる

「でも上がらないと赤ちゃん、生まれた時に台に激突して生まれてこれないからあせる」と言われて、それは困るから渋々上がってました😅

さらにいきむ時には身体を反り返ったらあかんと言われてましたが、自分的には反り返った方が楽な気がして、結果、何度も反ってました。無意識ですが。

反ったり丸まったり、、そんなんひたすら繰り返していたら台上とはいえ、動いちゃいますよね😅💦気づいたら、あらッ、めっちゃ下の方におるやん、、みたいな😅

やむを得ず、よいこらしょよいこらしょと上がる私。

ラマーズ法とか、悠長に思い出してられへんて感じでしたあせるひたすらいきみ続けたいけど、それをしたら脳の血管キレそうえーん

あと少しで生まれるってなった時、ようやく助産師さん、「ドクター呼んで!あと少しやからっ」

ドクターおらんかったのかショック

「赤ちゃんの髪の毛見えましたよっ」

「髪の毛っっガーンガーンガーン」(私の心の声)

さらにいきむ!

「あ、頭が見えましたよっ!!」

「頭や!」と旦那氏。……覗きこまんといてくれと思ったのは内緒の話ねー

「思いっきり吸って吐いていきんでいきんで~~ハイ、あとは楽にしてくださいね!」

こうして分娩台の上4時間強の痛みとの戦い?いえいえ、益荒男ちゃんとの共同作業は終わりました。

「生まれてきてくれてありがとう~!終わったあ!」

という感動よりも、最後の瞬間はなんというのでしょう、人生初の巨大な💩を身体がシュルルルルルルルって排出した感じ?でした(笑)

そう、なんとも言えない感じだったんだよね、、、語彙がもっと豊富ならよかったんだけど、いかんせん、💩しか思いつかないからね(笑)

そのあとは益荒男ちゃんとの共同作業で傷だらけの子宮頸管やらを縫われました。割かないと出てこれなかったらしいから、人工的に割いたっぽいけどあせるあせるそれが痛いんだけど、もう、なんで痛いのか訳わからんのですよねー、不思議と。

分娩台の上でさらに足をガバッと開いているうちに、体重を測られ、身長や頭の大きさを測られした益荒男ちゃんとご対面。

思っていたようなサル顔じゃないな、なんかしっかりしてるなガーン

お~、これがカンガルーケアかあ。
可愛いというよりも、早く会いたかったわあというよりも、とりあえずまったく実感ないねんなあアセアセアセアセ

君がお腹の中にいたちぃちゃんかい??ホントなのかい??みたいな。

世の中のお母さん達はみんな、「会いたかったわあ、なんて可愛いわが子なの~?ドキドキドキドキドキドキドキドキ」となるのかな、私が変なのかな??

必死の思いで出産して、もちろん、めっちゃ楽しみにしていた出産です。すごいちぃちゃんと会いたかったけど、いざ出産すると、どうも頭がついて行かない私でした。

これが正直な気持ちでした。賛否両論あるとは思いますが、私の正直な気持ちを書いておきたくて、ここに残しておきます真顔