母の夢を見た。


母と姉とショッピングモールにいて

視力が下がった話をしてて

はかりにいこう。

と。


母がいなくなって

電話したら用事思い出して帰った。と。


わたしは

母が死んでから20年話せなくて

やっと話せると思ったのに!


と母に言った。


母はごめんね。

と。


目が覚めたわけで

実際は25年なわけで

夢にでてきても

母と会話した記憶がほぼなかったので

とても驚いた。


母がいたら。と考えることはほとんどなかった。

いないんだから求めても無意味。


でもやっぱり話したくなるし

教えてほしいこともあったなー


自分でなんでも判断して実行が当たり前すぎて

なのに

社会的な保証というか

そういうものが皆無すぎて

なんとも言えない。


母も父も祖父も祖母もいなくなって


世間的な介護とかの心配ごとはなくて

あとは自分の老後だけ。


いないけど

母が言ってた家がほしい。は

叶えてみようかなと思ってみたり。


また夢でいいから話したい。

母の夢は暗い印象がある。

死んでるのに生きてて
不思議な感覚に陥る。

数日前にみた夢は
明るい印象が残ってる。

生まれ育った集合住宅で
親父の形見だと
昔ながらのカメラが飾ってある。

なぜ母が持っているのか。ときいたところで
目が覚めたが
母の表情が明るかったように思う。

母との思い出は限りなく少ない。

姉からきく昔話は知らないことも多く
記憶違いを起こしてるような錯覚を覚える。

ひとつが祖父の享年年齢。
実際に記憶違いしていた。

父方の祖母の葬儀のときのことも
まったく記憶になかったが
姉からきいた話はひどいものだった

親族から罵られていたと。

母方の親族についてもそうだ。

わたしは知らぬ間に
距離を保っていたのだと実感した。

仲たがいの兄妹でも
兄と姉はわりと知ってることが多い。


父は言ってた。

兄妹のだれよりも
わたしと過ごす時間が一番短いから。と

その言葉の重みがのし掛かる。

ただ母が早くにいなくなったことを考えても
そうとは限らないことも。

夢にでてくるのは
何かの暗示だと思っているが
解読には時間が必要そう。

親が離婚して父との生活。
わたしは不登校だったが
親はなにも言わなかった。

ごはんを作るようにも言わなかった。
親はすごく気を遣っていたと思う。

サンマが大好きなわたしだけど
臓器のあたりは苦手なので
三枚下ろしで焼いてくれて
サンマの原型がなかった。

だけど、それが美味しかった。
サーモンのホイル焼きは
自信満々に作ってくれた。
わたしも大好きだった。

親は仕事が下手くそだった。
何度、転職をしたのか計り知れない。

生きるのが下手くそだった。

親がなくなってから
昔を振り替える時間がふえた。

良いことも。
悪いことも。

悪いことをあげたら
きりがないが

良いことは良いこととして
残っているものがあると実感する。

バイクででかけたこと。
祖父母の永代供養をしたこと。
近所のファミレスに行ったこと。
昔馴染みのお好み焼き屋さんに行ったこと。

お酒をかわすことはなかったけど
お酒が弱かったのに
お酒を飲む姿は感慨深い。

わたしの知らない親父。
離れて暮らしてから知った一面。


後悔も多い。

経済弱者は自業自得だけど
年齢がネックで
望むような闘病生活をさせてあげられなかった。

少ない選択しにすがるしかできなかった。

晩年、太りすぎだと言われてたのに
ここまで痩せ細るのか。

月に一度の数十分の時間は
かえがたい時間とした残ってる。

母と比べて父との時間は倍ほど。

父願いは叶えてあげられなかった。
恨まれてもしかたない。

おもうことはたくさんあるが
これからの生き方を考えなくてはならない。