小さな子供と風呂に入るって、
俺は今までほとんど経験したことがない。
温泉みたいな大型入浴施設で、ツレの子や親戚の子となら、大勢で一緒に入ったことは何度かあるが、
ふたりきり…ってなると、初めてだ。
あたまを洗うのも、もちろん、初めて。
「お湯、熱くねぇか?」
ふたりで洗い場にすわり、さくらのあたまに、そっとシャワーの湯をかける。
何度も自分のはだで温度を確かめ、ややぬる目にしたつもりだ。
あちぃ、なんて泣かれたら…
たぶん凹んじまう。
「うん、へーき」
そう言われて、ホッとする。
髪の毛ひとつ洗ってやるのも、おっかなびっくりだ。
次にシャンプーをつけて泡立てた。
やさしく、やさしく、と心の中で念じながら。
すぐに白い泡がモコモコ泡立って、さくらのあたまを覆いかくす。
ちっせえ、あたま。
髪の毛なんて、絹糸みてぇにほっそくて…。
力を入れたら、こわれちまいそう。
なんだか、とても神秘的だ…と思う。
ちっちゃくて、弱くて、ふにふにしてて、
子供って、なんだか、とっても……
「さとし」
さくらがくるりと振り向いた。
まんまるの目で、俺を見上げる。
あたまに泡いっぱいくっつけて、
なんかそれが、まるでわたぼうしでもかぶってるみたいに見えて、
なんだか、とっても……
か、カワイイ……!!
…天使みてぇ。
ほわん、と表情筋がゆるんだ。
俺は今、とんでもなく、
気の抜けた、みっともない顔してるに違いない。
「もういい」
そう言って、小さな口を尖らせた。
どうやら天使は、長い間 あたまを洗われるのはキライみたいだ。
「お、おう、そっか。じゃあ、流すぞ。目ぇつぶってろ」
そう言うと、さくらはキュッと目を閉じた。
お湯をあたまからかけられるのもニガテなようで、
顔をくしゃくしゃにして、力いっぱい目を閉じてる。
カワイイ。
可愛すぎんだろ。
俺はそっと、シャワーで泡を洗い流してやった。
そりゃあ、もう、最大限にやさしく。
身体も洗い終わると、ふたりで湯船に入った。
熱くない、ぬる目の湯。
さくらはごく自然に、伸ばした俺の左ひざの上にちょこんと尻を乗せた。
湯の深さは、いつも通り大人に合わせたもので、さくらには少し深い。
俺のひざは、イス代わりにちょうどいい高さなんだろう。
ひざにかかる僅かな重さが、なんとも、
…愛おしい。
「保育園、楽しいか?」
いつもよりピンク色の頬をしたさくらに話しかけると、
「うん」
と 笑顔を見せた。
「そっか。……好きなコとか、いんのか?」
って、こんなこと聞いたりして、
「うん、ナオくん!かけっこ早いの!」
「そ、そっか…」
地味にショックをうける。
ちくしょう。
なんだか、フラれてしまった気分だ…。
「今度紹介しろよ、その、ナオくんっての。お前にふさわしいオトコかどうか、俺が見てやる」
大マジメにそう言うと、さくらは不思議そうに首をかしげた。
「なんでー?」
「いいから!…じゃないと、こうだぞ〜!」
俺は手を伸ばして、さくらの脇腹をくすぐった。
さくらはケタケタと笑い、身体をよじらせる。
「ヤダー!」
お返しとばかりに、俺に向かってお湯をかけてきた。
「やったなー!」
「あはは!」
そっから、互いにお湯かけ合戦。
バシャバシャと派手に湯船の湯が飛びはねた。
「ああ、もう、ギブギブ!許して!」
大げさ気味に謝ると、
さくらは満足そうに笑った。
笑顔のさくらを見て、
この目が好きだな、と思う。
俺を見上げる、くっきりした二重まぶたの、大きな目。
どんぐりみたいな目。
さなえさんの目も、好きだ。
切れ長の、涼し気な、アーモンドみたいな目が。
そういえば、
さなえさんとさくらははあまり似ていない。
もしかしたら、さくらは父親似なのかもしれない。
…さくらの父親。
つまり、さなえさんのダンナさん。
元、ダンナ…か?
密かに、ずっと気になっていた。
リコン…したのか…?
それとも………
「さくら…」
聞いてもいいだろうか。
父親のこと。
「…お前の、父ちゃん……」
言いかけて、淀んだ。
俺はすごく、デリカシーのないことをしているのかもしれない。
さくらが今もなお、父親を恋しがっていたとしたら…。
「いないよ。死んじゃった」
俺の心配とは裏腹に、さくらはあっさりと答えた。
「そっか…。ごめんな、変なこと聞いちまって…」
「ううん。いい。さくら、おぼえてないの。まだ赤ちゃんだったから。でも、さみしくないよ。さくらにはママがいるから。ぜんぜんさみしくない」
「お前、強えな…」
そう言って、さくらの濡れた髪をくしゃりとなでた。
さくらは曖昧にうなずくと、
目線をはずして、ふいっと、横を向いた。
「さみしがり屋は、ママだよ…」
小さくつぶやいたその言葉は、
湯の中に溶け込むように、
俺の胸の奥の方に染み込んでいった。
風呂から出ると、奥の和室にふとんをふたつ並べてさくらと寝た。
慣れない環境に興奮して寝つけないんじゃないかと心配したが、
意外にもさくらはすんなりと眠りに落ちた。
ふとんに寝そべりながら、となりで安らかな寝息をたてるさくらを眺める。
…守りたい。
俺がずっと、ふたりのそばにいられたら……
そう強く願い、
さくらの小さな手のひらを、そっと握りしめた。
続く