↑35歳で18歳の子たちとの文化祭
子供は2人。
ほんとは3人目がお腹に宿った事がありました。
漠然と「この人とはきっと一緒に生きていけない」という強い予感がありました。
離婚の2年前。下の子が2歳の時に、置いて働きに出ることが不憫すぎて離婚を思いとどまり修復へ。そして、妊娠してしまったのです。
上の2人の時と違って不安しかありませんでした。
きっと、この男は繰り返す。
修復の過程で、夫の自己中な考え方に触れ
何故か私が浮気相手の女性を庇って喧嘩になるほど。こんな人間だったのか。
一緒に生きていく価値をどんどん感じなくなっていきました。
もしも子供たちを連れて出て行く時。
右手に1人、左手に1人。
もう1人を抱く手が残っていない。
家事になったら?
災害が起きたら?
私ひとりで守りぬける自信がない。
そんなことを思って泣いたのを覚えています。
そして、夫の出張中に堕胎したのです。
今でもずっと、会えなかったその子のことが忘れられません。
予定通り(?)元夫が家庭を蔑ろにする行動や嘘を繰り返し、私が離婚を決意した時。子供たちは6才と4才。
「私の力で子供たちを育てあげなくてはならない」という責任感がのしかかってきました。
重い。。。
シングルマザーが、子供を預けてパートに出る。。。
それは、終わらない貧乏の始まりとしか思えませんでした。
正社員として働かなくては。
子供たちの為に夜は家にいたい。
途中でクビになったり仕事を失う不安を持ちたくない。
ずっと求人や、母子家庭について調べていたところ「高等職業訓練促進給付金等事業」いうものを見つけました。
看護師、介護福祉士、保育士、歯科衛生士、理学療法士、保健師、助産師等
が今は対象のようです。私が利用した時は、もっと対象となる職業の種類が多かった気がします。
それらの資格を取るために専門学校に通う為の資金援助があるというのです。
その資金援助の期間や金額が、当時自治体ごとに違うこともわかりました。
県外の実家に戻るか、結婚した地に残るか迷っていたのですが、この資金援助が手厚いのが実家のある県だったので、私は実家のある県に戻る決意をしたのでした。
当時は、卒業までの4年間、毎月14万円の支援金がありました。それに、母子手当が当時、2人分で4万円6千円くらいだったと思います。今は金額が少し違うみたい。
授業料は年間100万くらい、それから教科書代が毎年10〜20万でした。
月割りで計算すると7万くらい余ります。そこに元夫からの養育費12万(慰謝料込み)を合わせて19万。
5万8千円くらいのアパートを借り、贅沢せずに暮らせば充分な金額でした。
子供たちのために貯金も頑張りました。
勉強も、昔国立大学法学部に学びましたが、その時と違って、実務に役立つ勉強はとても面白く、誰よりも頑張ったように思います。(国試に落ちる訳にはいかないという恐怖もあり)
35歳で18歳の子供たちと机を並べ、同年代の先生や年下の先生に学ぶ空間は、本当に異次元だし、ありがたいし、何故自分がそこにいるのか、不思議な感覚でした。
しかししばらくは、離婚の鬱だったのでしょうか、心理学の授業などを聞いていると涙がこぼれてしまう事なども多々ありました。
生きて行くことへの重圧に必死に耐えているような精神状態でした。
そんなこんなで4年間学び、涙まみれの実習もこなし、国家試験には一位の成績で合格。(遊びたいさかりの10代の子供たちよりは集中してたせいです)
数カ所の実習先で「うちで働かない?」と声をかけていただき、現在に至ります。
初任給は、25万円くらいでした。(手取り20万)
節約するには計画性が第一。
予定額を使い切ってしまっても、意地でも追加しない。
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