もう4年!? | 9歳・6歳児兄弟のうちママ記録

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京都に引っ越してきて約8年。
大阪を離れて旦那の地元京都で2人の男の子を育てるお母さんの育児記録兼日々のつぶやきブログです。
よろしくお願いします。

今日は3月11日。


東日本大震災からもう4年。




4年前の今日は忘れもしない。



まだ大阪の事務所で勤務してるとき、ちょうどその日は全体会議でほとんどの人がTV会議に参加しており会議室に入っていました。私は事務所で黙々とパソコン作業していました。


すると会議室から人が出て来て、仙台・盛岡営業所の画面が消えた、、、と慌てて主任が出て来たのを覚えてます。



何があったのかさっぱりわからなかったけど、東北の営業所の応答がなくなってみんなバタバタ!


しばらくして東北で地震があったことがわかって、そんなに大きいとは思ってなかったのでそのまま仕事や会議を続けてました。

そして15時に休憩があるのでそのときに休憩室のテレビをつけてみるとニュースで地震の話題が。

そのあと衝撃映像が流れた。



船や家、人が流されてる。



何が起こったのかわけがわからなかった。



まるでCG映画をみてるよう。




でもこれが現実とわかって、めっちゃ怖かったのを鮮明に覚えています。




そのあとだいぶ経ってから盛岡、仙台がなんとか無事ということがわかって少しほっとしたが、翌日から仕事がハンパなく忙しくなった。


なぜなら、うちはお菓子の会社で東北へ商品が流れなくなったので各メーカーへ自社便などで運んでくれないかと依頼をしていったり、東北・関東メーカーの工場や人の状態確認、出荷の状況、遅れなどありとあらゆることで大忙しでした。


日用品をみんなで送ったり、会社でまとめて支援金を送ったりいろいろしましたが、自分がもしその現地の人の立場だったら何がほんとは欲しかったのだろうか、今は子どもがいるのでそうゆう人たちにはもっとオムツやミルクや服、タオルなどが必要でそのときは考えもしなかった。



南海トラフがもうすぐ来るかもと言われていますが、どんなに準備していても実際それを持って逃げる余裕があるのか。

外出先でもし遭遇したらそれも意味がない。

貴重品もまとめていても、外にいたら取りに戻れないかもしれない。


今なら何よりも息子の命を一番に考えると思う。




災害に合う夢をこの前みたが、ほんとに恐ろしかった。
もし東日本大震災のように昼間に起こったら、私たち2人しかいない。旦那とはぐれるかもしれない。
そんなとき無事であれば合流する場所を決めておかないといけないですね。





今、何事もなく幸せに暮らせていることに感謝し、これからのことに備えて過去の経験を活かして準備をしなおそうと思う。