私は結構物忘れが激しいと思う

酔っ払った次の日なんて毎回記憶がないしオーストラリアに留学した当初はよく
「なにが海外進学しようと思ったきっかけだったの?」
と聞かれることがしばしばあったけど、正直覚えてない

高1の冬にこたつの中で英語検定の勉強していて
なんかふっと、そうだ海外の大学に行こう!って思ったような気がするんだけど
本当になにがきっかけだったんだろう。
周りに留学志望はいてもバリバリ海外志向の人はいなかったし、正規留学の道なんてあることも知らなかったのに。
韓国に国際交流しに行ったときから異文化に触れることの楽しさを学んで
大学で一年は絶対留学したいと思って、留学に力をいれている大学ばっかり選んでた。
東京外国語大学なんかも高1のときには考えてた。
大阪外大には高1の夏にオープンキャンパスに行ったなー。なつかしい

そのあと総合大学の方が選択の幅が広がると思って国際化に力を入れている私立に切り替えたんだけど

話がそれてきたけど、なにがきっかけだったのか・・・

確か「あっそうだ!どうせ留学1年行くんなら別に海外の大学に行っちゃえばいいじゃん」的な
ノリで決めたと思う。
この考えを誰に最初に話したかは覚えてない。けど当時の彼氏だった気がする

あのときは私カナダに行きたいんだって言ってけど。
(当時はアフリカでの開発協力に興味があって、ケベックに行けばフランス語と英語が学べるじゃんという単純な理由(笑))
ネットでいろいろと調べてみたけどいまいちわからず・・・でてくるのは留学斡旋サイトの謳い文句ばかり

資料請求したいものの家族には内緒だったので実家に郵送してもらうことができず。
少しもんもんとしたまま1人でよく夜中にインターネットで調べてた

あの時は本当に真っ暗闇の中を模索する感じだった

そんなときモバゲーで入った留学サークルみたいなもので、多くの海外留学志望者に出会えた

まあまあ田舎の学校に行っていたため、周りに情報を提供してくれる団体もなく
モバゲーでの意見交換が情報のソースになっていた気がする。
話がそれにそれたけど

今日ブログを書こうと思ったのは
昨日将来の選択肢に対する考えが変わったから

なんかまた留学を決めたときみたいに忘れたくないなって思った。
なんで自分がそう思ったのか、その選択肢を選んだのかっていう
なんとなくな理由じゃなくて、本当にそのときのそのままの気持ちを覚えていたいから

コロコロ考えが変わっちゃうあたしにとってはブログを書いて記録を残すのは必須

さてさて。本題にようやくうつりますが

卒業まで1年を切って、さあ将来のことを考えないとと思っているときに
ふと浮かんできたのが
海外青年協力隊前までは日本かフィリピンでの大学院か日本での就職を視野にいれてた。
けど数ヶ月前から(これもいつだったかな・・・)海外青年協力隊っていう選択肢を視野に入れて
これが私の中ではぶっちぎりで第一志望に踊り出た

さらに「国際協力師」という造語をつくりあげた山本敏晴さんの著書でも海外青年協力隊はべた褒め

プロの国際協力師になりたいなら海外青年協力隊は最もお勧め。
と著書の「国際協力師になるために(白水社)」でも書かれておりご自身のブログでも
たびたびお勧めされている。(もちろん短所もいっぱいあるけれどもそれでも良い選択肢であると)
倍率が大体5-6倍、場合によっては10倍以上もありえる
1,2回ぐらいの落選にどうじてはいけないといわれる協力隊だけど
受かる気満々なわたし

どんだけ人生を甘くみてるねんっていう

親にも伝えて、一応まだ選択肢は3つにしてあるけど(院、就職、協力隊)
第一希望は協力隊にまず行って大学院に行くお金を稼いで、それから就職・・・・
なんでかというと
+協力隊派遣後の再就職準備金が日本の講座に毎月振り込まれるので、それを使って
大学院にいける。(日本では少し厳しいが、フィリピンだと生活費も込みで余裕で2年間まかなえるほど。)
+若くて体力のあるうちに一番泥くさい現場に行って発展途上国を肌で感じたい。
+研修中や現地で、国際協力の仕事に携わる様々な方と触れ合い、将来の選択肢や大学院での研究についてより深く考えることができる。
+協力隊全員に行われる無料語学講習や護身術のレクチャーは今後絶対に役立つ。
その他いろいろ。
でも一番の理由はお金

以前は毎月9.9万円や9万だったけど今では8万弱ぐらいな再就職準備金という名の給料。
(海外青年協力隊は政府が行う
ボランティアなので給料ではない。)
基本派遣は2年間なのでおよそ200万程度貯まります。
プラス派遣前におそらく10万ぐらい旅行準備費用が渡されると思う。
結構いたせりつくせり

だから海外青年協力隊ってとっても魅力的な制度なの

(別に回し者ではありません

)
このお金と2年間の途上国生活で培った新しい考えで大学院生活がもっと
魅力的かつ有効になるかなーと思ってたのです・・・が・・・

昨日変えちゃいました!

そろそろ大学院にも連絡とって帰国時に教授とお話したいなーと思っていた今日のこのごろ。
そんなこんなで大学院を
やらなければならないエッセイを放って置いて検索してたら

発見したのがこのページ。
http://www.ets-org.jp/hosoku/mirai_011_07.html
ちなみにこのページは面談の途中から始まっており、全部の会話の流れが見たい方は
NPO宇宙船地球号の公式サイトに掲載されてます。他にもたくさんの国際協力師を目指されてる方の
インタビューが掲載されているので是非

ここで心に残った言葉を・・・
"ちゃんとした社会人としてのマナーを知っていて、責任感を持っているっていうのを証明するために、企業で5年間働いたっていう証明が必要"(最低2年、もしくは5年)
"
日本の常識すらない人は、世界でももちろん通用しない"
(山本敏晴著書、国際協力師になるためにから抜粋)
社会人としてのマナー、常識があるかと問われると・・・
ない
なんだかんだいろんなことに恵まれて自分はあまあまちゃんだなーと思う

大学も理系と文系の両方をしているものの、特化した専門性は・・・
ない
環境問題やそのマネジメントに一般人より詳しいだけ。
専門性とは呼べない。
土地の高低や河の全体の地図が作れたり、河川の面積測定や堆積物の分類なんかはできる。
土地の形成や河川での水量や植物が河川や土地におけるの影響とか分かる

けどとても一般的。
例外には対処できないし、少しできます程度。
こんな私になにができるんだろう。
実際に途上国に2年行って何ができるんだろう。どう貢献できるのか。
っていう悩みはもちろんありました

けど行きたい。
現場を見たい。そんな衝動に駆られて
いっぱいいっぱい調べた。協力隊に実際行った人のブログや本も読んだ。
欠点を知った上でそれでも行きたいと思った。
ほとんどの人が自分のやりたいことができず、不完全燃焼のまま帰国すること。
実際に国際協力関連の仕事にその後つく人は一割も満たないこと。
けど自分は違うと思った。
行く前にマネジメントの本を読んだりや講座に参加して
自分の力で何かを作ってみたいと思った。
一番は、大学の授業でつくったプロジェクトを実際に途上国でやってみたい

結構練りこんで、プロジェクトの導入の仕方も詳細につくった

それを実際に行うとどうなるのか、見てみたかった。
(EWOの主催で、オーストラリア全土の大学の中から優勝すると実際にEWOが現地でそのプログラムを取り組んでくれるといった授業。私のときはインドの小さな村が対象でした。ヴィクトリア州で優勝して、全国大会にも出場したけど、Queensland大学(だったかな?)が優勝したので、私たちのプロジェクトは使用されなかったの

)
でも昨日山本さんとミスチルさんの対談を読んだとき、
ああ。あたしはそういえば社会のこと何も知らないなって思った

実際に国際協力がどうゆう風に動いてるのか、コーディネートされているのか
どんな団体が何に特化しているのか、どの国を得意としているのか
国と民間ではどういった違いがでてくるのか。大規模な団体と小規模とでは予算がどのくらい違うのか。
ODAの予算削減が日本の国際支援に具体的にどういった影響を及ぼしてるのか。
私は何も知らないなと思った。
こんな状態で途上国に2年間もいるのは、無駄ではなくても
最大限の有意義には過ごせないと思った

それが今回就職を第一希望にした理由。
就職はオーストラリアにいると行き来があまり出来ない分結構大変で、
大学院を卒業してから新卒でしようと思ってた。
協力隊→有給インターンもしくはバイト(もし大学院の費用が貯まってなかったら)→院→就職
協力隊応募と同時進行で院試を受けて、協力隊落ちたら奨学金がんばってとって院
な将来プランでしたが
就職して2年ほど働いてから協力隊、もしくは国連ボランティア。または院進学をしようかなと思ってます

お母さんは私が協力隊に行くのを賛成はしていたものの、たぶん普通にどこかに入社して欲しがってたので内心ほっとしてると思う

でも一応協力隊も就活と同時方向で受けてみようかなと思ってる。
行くかどうかは受かったら受かったときに考えよう。
んで昨日は
ものすごくやらなければならないエッセイを無視してリクナビ登録。国際援助をしている大規模な団体をいろいろみてネットでみてまわった

そしていまいちまだよくわかんないけど、就職活動についても少し勉強した

日本では大学3年の10月から準備始めるらしいね!
今10月だからちょうどいい時期に方向転換できたなーと思った

来年3月にエントリーシートとか書類をだして
卒業したら帰国して面接を受けにいく

第一希望のJICAは面談が4月にあるみたいだから大学在学中に少し帰国しなきゃだけど。
まあJICA職員は倍率が25倍というものすごく厚い壁を乗り越えなきゃいけないから
書類が通るかもわかんないけど

んで卒業したら有給インターン(駄目だったらNGOでインターン)でもしながら
再来年の4月の入社まで時間を潰そうかなと。
NGOはおもしろそうだけど、大体給料が高校生のバイト並み、もしくは無給。
交通費だけ支給が多い。
それかオーストラリアにはまだ残れるから
こっちでバイトしてもありかなと。
それはまた就職活動の状況にあわせて考えるけど

就職ちょっと楽しみになってきた

けど面談こわい

書類も、、、最近日本語書かないから
結構漢字を書くのが億劫。
プラス中国語やり始めてから、簡略した漢字書くことが多くなった

まっがんばりますか


あっ昨日は寮の卒業パーティーにゲストとして参加

ものすごく楽しかった

しばらく寮には遊びにいってなかったけど、なんだかいろいろすごくなつかしくて
ちょっとしんみりしちゃいました

しかも仲のいい友だちがみんな卒業。
みんなそれぞれの道に進むんだなーと思うと
大学生活短かったなと改めて実感・・・

(まだ終わってないけど)元寮生からのスピーチでは
これから15年後にはアジアが世界をひっぱっていく時代がくる

と元寮長であったマレーシアの方が大演説してました。
「君たちはすばらしい寮を選んだ。アジアという名の巨大なビジネスをひっぱるリーダーたちに出会えたんだ」
だそうです

オーストラリアの友だちは、この寮がそんなアジアVSオーストラリアになってるなんて
知らなかったわって言ってた。
あたしもしらんかったわ

ヨーロッパやアフリカ人もいるっていうのに

アジア強調しすぎな人だったけど
確かにアジアが世界に台等できる日がくるといいな

ひとりひとりがそれぞれの夢を語って、卒業プレゼントもらって、
飲んで酔っ払って、なんで私はこの寮にずっといなかったんだろうって少し後悔した。
まあ高すぎですけどね

でも本当に寮のみんなといるのが楽しくていっぱい
しいて言えば記憶全部ふっとぶまで飲んで
今日は二日酔いでした

明日は同じく寮でハロウィーンパーティ

中国の親友に浴衣を着せて
私はその子のチャイナドレスを着る予定です

これぞまさしく
国際交流
楽しみ楽しみ

