片田舎で海外経験の全くない両親に育てられた私の夢は、9年間ずっと保育士だった。その職業以外考えたことなどなかったのだが、異文化交流の体験が国際協力に対する興味をもたらした。進路の選択肢に海外の大学が加わり、高校卒業後すぐに渡豪した。多民族・多文化社会で日本人として暮らすことはアジアへの関心を深め、文理横断な教育は、環境学が興味深い学問だと気付かせてくれた。それゆえ、アジア諸国において環境分野で働くことを視野に入れ始めたのだが、イスラエル、エジプト訪問中に出会った旅人の話に感化し、南米での研究を新たな選択肢として考えている。
このように、私の興味・関心は自身の体験に基づき日々変化し、その度に人生の可能性を広げてくれる。それゆえに、ひたすら様々な国や地域を経巡り、想像もしなかった経験を、思い描いたこともない人生を送ってきた人たちと共有する旅がしたい。身をもって体感する旅を経たあと、自分の選択肢がどれだけ増えるのかが楽しみで仕方がないからだ。
片田舎で海外経験の全くない両親に育てられた私の夢は、9年間ずっと保育士だった。その職業以外考えたことなどなかったのだが、異文化交流の経験が国際協力に対する興味をもたらした。進路の選択肢に海外の大学が加わり、高校卒業後すぐに渡豪した。多民族・多文化社会で日本人として暮らすことはアジアへの関心を深め、文理横断な教育は、環境学が興味深い学問だと気付かせてくれた。そこで、アジア諸国において環境分野で働くことを視野に入れ始めたのだが、イスラエル、エジプト訪問中に出会った旅人の話に感化し、南米での研究を新たな選択肢として考えている。
このように、私の興味・関心は自身の体験に基づいて日々変化し、その度に人生の可能性を広げてくれている。それゆえにこそ、ひたすら様々な国や地域を経巡り、想像もしなかった経験を、思い描いたこともない人生を送ってきた人たちと共有する旅がしたい。私は、身をもって体感することで自分の選択肢がどれだけ増えるのかが、楽しみで仕方がない。
このように、私の興味・関心は自身の体験に基づいて日々変化し、その度に人生の可能性を広げてくれている。それゆえにこそ、ひたすら様々な国や地域を経巡り、想像もしなかった経験を、思い描いたこともない人生を送ってきた人たちと共有する旅がしたい。私は、身をもって体感することで自分の選択肢がどれだけ増えるのかが、楽しみで仕方がない。
怒涛の2週間が終わって地元に帰ってきました。
院を受験するために京都東京をはしごして、
懐かしい知人と美味しいご飯とお酒を楽しむために北海道へ。
そんな楽しすぎて怖いくらいの時間を過ごしたあと実家に帰ると、
母親に少し残念そうな顔で一枚の封筒を渡されました。
受験校の一つであった京都大学院は、5日が一応合格発表だったので
母には「発表が来たらメールで知らせてね!」と念を押していました。
旅行中に知らされなかった=不合格
という数式が頭の中に浮かびながら、
「あっ落ちたのね」とつぶやきながら封筒開けると
「合格」の二文字。
正直、京都大学院は圧迫面接に苦しんだし、受験勉強も思うように集中できなくて
最後に知識を詰め込んだようなものだったので、どうかなーと思っていたのです。
「なんで教えてくれなかったのーーー」と母親に文句を言うと、
「だってその方が面白いと思って」・・・だそうです。
でもまあ、両親が合格通知を片手に嬉しそうな顔をしているのは
子供としても嬉しいものです。
あと2年、学生としてトコトン親の脛をかじることになりそうです。
今までも存分にかじってきてるので、細くなっていないか心配ですが、
社会人になっててもおかしくない年齢の私をまだまだ甘えさせてくれる両親に大感謝です。
ということで今日トイレ掃除セット一式買ってきました。
いつも感謝を形にしない親不孝な娘なので、
少しは家事を手伝おうと思います。
洗濯したら、間違えて乾燥コースにしちゃってて
さっそく怒られましたが(笑)
もう一つの受験校である、東京大学院からの結果がまだなので、
半年後の自分がどこにいるかはまだ未確定だけど、
「学生」であることは確定しました。
卒業してから2ヶ月、学生でも社会人でもないという肩書のない生活を送っておりましたが、
ようやく終止符が打てそうです。
今までずっと学生として生きてきたので、肩書のない生活はなんだか不思議でした。
普段は気にならないのですが、たまに聞かれる「学生」か「社会人か」の質問に
戸惑ってたのは、少し事実。
自分はニートというより、パラサイト(実家でぬくぬく受験生をしていたので)
なのではと思っていたのですが、今、パラサイトの定義を調べてみると
なんだか違うような…
ちなみに パラサイトとは「経済的に余裕のある親と同居する未婚の若者」らしいです。
院が両方とも駄目だったら、今は院進学は諦めて就活!なんて
言い張ってましたが、実は結構不安でした。
この時期から就活始めるなんて「大変」の二文字しかなさそうですし。
CFN主催のボストンキャリアフォーラムも、もちろん視野に入れて、
実はキャリアフォーラム開催地近くのホテルも予約してました。
今日今から予約キャンセルしよっと(笑)
合格が嬉しいというよりは、安堵に近かったかも。
でも自分が合格するんだろうなって一番信じてたのは、誰でもない自分だったかも?
根拠のない自信でしたけどね。
昔からそう。根拠のない自信だけはあるんです。
この性格、本当に直さないとなって思いますが…
京都大学院の口述試験で、「自分の研究の強みは何なのか」と問われたときに
体育会系高校生のノリで通したのは、この年にもなって恥ずかしいなと思いました。
だからこそ、本当の自分の強みを見つけたいです。
そうだなー、東京オリンピック開催するまでに3つくらいは欲しいな。
まあいろいろグダグダ書いてきましたが、院試験に関しては、
信じる者が救われた…というより
英語ができたら院は受かる、というジンクスのおかげが強い気もします(笑)
まあTOEICでいい点が取れるのも、あたしの実力なので良しとしますか(笑)
別に格段難しかった院試験ではなかったと思う。
合格者も結構いましたし。
でも別にこのスタート地点がゴールだったとは思っていないので、
そんなことは関係なーーーい
25歳まで学生として、たくさんのこと吸収して、
できれば発信もしていきたいです。
院を受験するために京都東京をはしごして、
懐かしい知人と美味しいご飯とお酒を楽しむために北海道へ。
そんな楽しすぎて怖いくらいの時間を過ごしたあと実家に帰ると、
母親に少し残念そうな顔で一枚の封筒を渡されました。
受験校の一つであった京都大学院は、5日が一応合格発表だったので
母には「発表が来たらメールで知らせてね!」と念を押していました。
旅行中に知らされなかった=不合格
という数式が頭の中に浮かびながら、
「あっ落ちたのね」とつぶやきながら封筒開けると
「合格」の二文字。
正直、京都大学院は圧迫面接に苦しんだし、受験勉強も思うように集中できなくて
最後に知識を詰め込んだようなものだったので、どうかなーと思っていたのです。
「なんで教えてくれなかったのーーー」と母親に文句を言うと、
「だってその方が面白いと思って」・・・だそうです。
でもまあ、両親が合格通知を片手に嬉しそうな顔をしているのは
子供としても嬉しいものです。
あと2年、学生としてトコトン親の脛をかじることになりそうです。
今までも存分にかじってきてるので、細くなっていないか心配ですが、
社会人になっててもおかしくない年齢の私をまだまだ甘えさせてくれる両親に大感謝です。
ということで今日トイレ掃除セット一式買ってきました。
いつも感謝を形にしない親不孝な娘なので、
少しは家事を手伝おうと思います。
洗濯したら、間違えて乾燥コースにしちゃってて
さっそく怒られましたが(笑)
もう一つの受験校である、東京大学院からの結果がまだなので、
半年後の自分がどこにいるかはまだ未確定だけど、
「学生」であることは確定しました。
卒業してから2ヶ月、学生でも社会人でもないという肩書のない生活を送っておりましたが、
ようやく終止符が打てそうです。
今までずっと学生として生きてきたので、肩書のない生活はなんだか不思議でした。
普段は気にならないのですが、たまに聞かれる「学生」か「社会人か」の質問に
戸惑ってたのは、少し事実。
自分はニートというより、パラサイト(実家でぬくぬく受験生をしていたので)
なのではと思っていたのですが、今、パラサイトの定義を調べてみると
なんだか違うような…
ちなみに パラサイトとは「経済的に余裕のある親と同居する未婚の若者」らしいです。
院が両方とも駄目だったら、今は院進学は諦めて就活!なんて
言い張ってましたが、実は結構不安でした。
この時期から就活始めるなんて「大変」の二文字しかなさそうですし。
CFN主催のボストンキャリアフォーラムも、もちろん視野に入れて、
実はキャリアフォーラム開催地近くのホテルも予約してました。
今日今から予約キャンセルしよっと(笑)
合格が嬉しいというよりは、安堵に近かったかも。
でも自分が合格するんだろうなって一番信じてたのは、誰でもない自分だったかも?
根拠のない自信でしたけどね。
昔からそう。根拠のない自信だけはあるんです。
この性格、本当に直さないとなって思いますが…
京都大学院の口述試験で、「自分の研究の強みは何なのか」と問われたときに
体育会系高校生のノリで通したのは、この年にもなって恥ずかしいなと思いました。
だからこそ、本当の自分の強みを見つけたいです。
そうだなー、東京オリンピック開催するまでに3つくらいは欲しいな。
まあいろいろグダグダ書いてきましたが、院試験に関しては、
信じる者が救われた…というより
英語ができたら院は受かる、というジンクスのおかげが強い気もします(笑)
まあTOEICでいい点が取れるのも、あたしの実力なので良しとしますか(笑)
別に格段難しかった院試験ではなかったと思う。
合格者も結構いましたし。
でも別にこのスタート地点がゴールだったとは思っていないので、
そんなことは関係なーーーい
25歳まで学生として、たくさんのこと吸収して、
できれば発信もしていきたいです。
