ありのままに生きろ。今
あらすじ
就職面接、バイト面接、面接試験、オーディション。
人が人を選ぶことは曖昧で、そして不確かである。
物語の主人公である佐藤しおり、工藤薫、高橋千夏、芳賀どれみ、桐山カナは
それぞれが交わることなく別々の人生を送ってきた。
そんな5人は
「高学歴なのに、内定が出ないでいる」
「面接官として、誰かを選ぶ立場を任される」
「高校の面接試験が迫る中、本当の夢を言えないままでいる」
「配信者として、常に刺激を届けることを迫られている」
「受かるはずがないと、割り切ってオーディションに参加している」
と、それぞれの日常の中で、本音やありのままで生きることに直面する。
彼女たちは、家族や他者と関わる中で自分なりの答えを見つけようとしていく、
やがて別々だった5つの日常が重なり合い…。
5人の1週間が描かれる中で”ありのままで生きることとは何なのか”が
今を生きる誰かに寄り添う言葉たちで紡がれていく。
これはありのままに生きることのできない
私たちが、
ほんの少しだけ自分を好きになる1週間の物語。
脚本を読んで
生きていれば、何かしらの壁にぶつかる。
一生、安泰。順風満帆、というわけにはいかないのが人生。
だからこそ。
難が有るからこそ“有難い"人生とはよくいったものだ。
でも、それは全て終わって、客観的に俯瞰してみれた時にしか気づけない。ものだと思う。
周りからすると小さな擦り傷でも、その時、当の本人にとっては得てして重傷に思えてならないから。
人生の終わり。何も良いことない。いっそ死んでしまった方が…楽。だってもうこんなに苦しい思いをしなくて済む、と。
そんな時に、たまたま察してくれる人が周りにいた。優しく寄り添ってくれる人がいた。厳しく突き放してくれる人がいた。
だからなんとかたまたま踏ん張れた。
…たまたまでも何でもいい。これも人生。有難い。
だってきっと、本当はたまたまじゃないから。そういう道を手繰り寄せたのは自分。選択をしてきたのも自分。
諦めずに頑張っていることは、がむしゃらにもがいてきたことは、誰もみてなくてもきっと神様が…。
そう、チャンスの神様には前髪しかないらしい。
幸せになりたいと必死に手を伸ばした人にしかチャンスはこない。
どうせ、と下を向いていたら、向こうから歩いてくるチャンスの神様の存在にすら気づけない。
でも沈んでいく感覚って、一種の麻薬みたいなものなんじゃないかな、と思っている。
世界で1番幸せって思うのって難しいけど、世界で1番不幸とは思いやすい気がするから。
良くも悪くも一番を取れちゃうから、そこに囚われやすくなる。
でもみんな本当は救われて良いんだよ。他人と比べることなく、幸せだって思って良いんだよ。
だって生まれてきたことが、もう既に奇跡みたいなことで。
今、生きることが出来ていることが、奇跡の連続なハズだから。
だからこそ、周りに頼ることも出来ず、心の中で叫び続けることしか出来なかった主人公をみていると。
苦しい。
何のために生まれて。何をして喜ぶ。分からないまま終わる。こんなに悲しいことはない。
そんな主人公が、そして他の主人公たちが、関わっている全ての人が、この先を幸せに生きてくれることを願ってやまない。
もちろん、この記事を読んでくださってる貴方も。
誰しも、自分の人生の主人公だしね!
自分の役について
西野奈々佳。について。
(※ここからぼかしてはいますが多少のネタバレ注意)
ビジュアル撮影の時に、涙が止まらなかったんですよね。
桐山カナと撃ち合うシーンを、まぁカナさんは実際に居ないけど、撮ると言われて。
なんでカナが銃で殺してるのかを聞いた時に。
“悔しい”という感情がすごくて。
自分だけ辛いような顔して。それで更に人を夢の中で…?
わたしだって…。わたしなんか……。現実だったのに。
唯一、電話をくれたのに。理解してくれていると思ってたのに。
あなたは夢で殺してるかもしれないけど、わたしは現実で殺してるんだよ。
あーしにたい。そう思っても、死ぬのにだって労力がいる。エネルギーがいる。くそっくそっくそっ…。
そう思って一人引き金を引いていたんですけど、
でも撮影の途中に、「カナさんがようやく前を向いて立ち上がったのを想像して、笑って」って言われて。
えーあー。それを笑えるくらい、奈々佳って本当に辛かったんだなぁって。
他者の感情を受け止めてあげられるくらいには、ちゃんと辛かったんだなって。
…実際、めちゃくちゃに諦めモードでぐちゃぐちゃ言われた後に、カナさんが立ち上がる場面で笑えるかなぁ、なんて思っていたんですが。
結果、めちゃくちゃに泣けるしにっこり出来る。
死にたいは生きたいで、諦めたいは諦めたくない、で。








