北京に行ってまいりましたニコニコドキドキ

 

3回目の北京だけど、今回は北京大学と中国政府主催の

「北京フォーラム」に学生代表として参加しました。



この年に一度のイベント、北京フォーラム、

全世界(ロシア、イタリア、オランダ、韓国、イラン~とかほんといろいろ)から

学者と学生が集まってそれぞれこのグローバライズした世界の将来について意見交換し合うのが主旨です。

 

この北京フォーラム、上海万博まではいかないけど、実はめちゃめちゃ国家的大イベント!

例えば、初日のセレモニーとランチはThe Diaoyutai State ゲストハウス、という



首相とか総理大臣とか国家レベルのVIP


を接待するための場所という

一般庶民は普通絶対絶対入れないらしい建物で行われたのです。


さらに!

クロージングセレモニーのスピーチは

ブレア元英首相!!!!!!!!!

という力の入れよう!


ayakamochiのブログ

中国すごー!と普通に思ってしまった。

 

ま、でも何が一番良かったって、世界中からの学生に会えたことかな。

学生パネルは約50人。日本、韓国、中国、アメリカ、イラン、シンガポール、南アフリカ、スイス、オーストラリアから。



中国のNHK,CCTVのディベート番組に出演!

中国、アメリカ、韓国、オーストラリア、スイス、南アフリカの学生が意見を戦わせる!

私もちょいうつってるかも!



ayakamochiのブログ-CCTV

火鍋!西洋人にはコンニャクが大好評!
わーこれプルプル!って!ww
ayakamochiのブログ-火鍋

社会心理学に「社会的現実」という概念があるんだけど、それは

「私たちが真実と思っていることは、実は社会(メディアとか教育とか)が創り上げた「現実」である」ということです。

どういうことかというと、例えば、今問題になってる尖閣諸島の話も、

日本のメディアは「日本の領海に中国漁船が侵入」っていってるけど、

中国では実際「中国の領海で日本がトラブルを起こした」みたいに報道されてたのね。

どっちが正しいとか間違ってるとかおいといて、

どっちもそれぞれの国の視点からみた現実であり

メディアを通してでしか世界の状況を知ることができない視聴者(私たち国民)にとっても

それが「現実世界で起こっている真実」だ、と認識される。

 

つまり、私たちが「現実」と思っているのは、実は本当に起こった出来事ありのままじゃなくて、

「本当の真実から一部抽出」されたり、「意図的に編集」されたりと社会によってつくられた、

「社会的現実」でしかない、という話です。

 

で、何が言いたいかと言うと、ひいては人間は

(特に単一民族であんま日本人としか接したことがない日本人は特に)、

そういう社会的現実を通して形成されたある意味ステレオタイプ的な

認識から、異文化や外国の人を判断しちゃうことになると思うのね。

 

実際私も、二年前の「アジア学生ビジネスコンテストin北京」に参加するまでは、

中国人はケンカしてるみたいにわーわーしゃべるし、気が強そうだし、韓国人もしかり。

仲良くなれそうにないなー。って思ってました。

でも、アジアから集まった学生たちと何日間か一緒に過ごして、

たくさん話して、

彼らは自分と同じ若者なんだなー、本当に素敵な人たちだなー!と心から思いました。


中国人はシャイでだけど、とても真面目で責任感があって誠実だし、

韓国人はとても陽気で、日本人にもめちゃめちゃフレンドリーに接してくれました。

確かに、すごい主張が強かったりして、日本人とはやっぱ違うな、って思うとこもあったけど、

ほんと、彼らに対するイメージは720度くらい変わったし、

彼らのこと大好きになった

 

あーなんで今までこんなに近くにいる人たちのこと知らなかったんだろう、

みんな同じアジアなのに。ってつくづく感じた。

 

こういうのってやっぱ実際の対面の交流を通してでしか

得られないものだと思う。

 

今回も、初めて南アフリカ人に会ったり(黒人さんばっかだと思ってたらバリバリ白人の人)

日本はとても素敵な国!って言ってくれる中国人にも会って、

たくさん刺激を受けました!

 

日本の学生ももっともっと海外に出て、ほんとの世界はどうなのか、

外国人が何考えてるのかとか
知ったらいいと思う!

二次情報で形成されたステレオティピカルな認識で

「中国は~、アメリカは~」って自己完結しないで
ほしいなー。

なんてエラそうだけど、自分の実際の経験からほんとそう願ってやまないです。

 

この機会を与えてくれた北京フォーラムの主催者たちと、運営をしてくれた北京大学をはじめ中国人の学生のみんなに心から感謝してます!

 

あーでも万里の長城がんばり過ぎたよー><

筋肉痛じゃー.


 

 

 

 

 

 


秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行

もう秋ですね。
美しい日本語を話せるようになりたいと思う今日この頃です。

先週、仲良し友達と日光へ旅した際、こんなゲームをしました。

「四字熟語・ことわざ・慣用句しりとり!」


いや続かないっしょ!
という予想とは裏腹にとても盛り上がりました。

有象無象

紆余曲折

・・・・・

という風に。
ここで衝撃だったのが自分の知識のなさ!
もう思い出せませんが、いろいろ聞いたこともないような四字熟語がたくさん飛び出してきました。
さすが東大生&早稲田生!と思う反面、中学高校受験していないという言い訳は置いといて
自分の知識のなさにがっかり(@Д@;)

しかしながら、一瞬の事故で車中は阿鼻叫喚の巷と化す、とかなかなか日常生活じゃ言わないですよね。

昨日は、お世話になっている和食の料亭でアルバイト。
秋を思わせる紅葉柄のオレンジのグラデーションの美しい素焼きに乗った旬の素材のオードブル。
日本食は見た目まで芸術です。
そこで、ご主人に

「どう?いいだろう?」

と聞かれてわたしは

「・・・・秋っぽいですね!」

ああ、なんと陳腐な回答だろう。
いいとものタモさんの「今日は雨ですね」に対する「そーですね!」レベル!
ボキャブラリーがなさすぎる!

せめて
「秋を連想させる美しい色合いですね!」
とか言えばよかった・・。

あと、日常会話でも気付くと

「すごい」「めっちゃ」

を連発してしまっている私。これらを使うことは悪いとは思わないが
あまり連発するとひどくバカっぽく聞こえている自分に気付いた。

「ほんと人がすごいいて、めっちゃ大人気ですごかったんですよー!」

ま、これはやり過ぎだけど知らないうちにこんなこと言って、「あいつバカっぽい」と思われていたのかもと
大驚失色いたしております。

日本人なら美しい日本語を話したいものです。
外見だけじゃなく、いろいろ他んとこも美しくしていかないと。

あーでも痩せるのが先かorz


ロストイントランスレーションという映画を見たことがあるでしょーか。
アメリカ人の有名俳優が日本に映画プロモーションのために来日して、アメリカとは全く違う日本、東京に迷い込む、という話である。その映画に描かれた東京は、六本木の汚い飲み屋やストリップバーなど。イタリアローマの昔の香りの残る美しい風景、などとは雲泥の差。お世辞にも「あぁ、素敵な場所だな、東京って」と思えるようなものではない。シアトルでアメリカ人の友達と一緒に見た際に「こんなの本当の日本じゃない!この映画は日本のやなとこしか移してないけどホントはもっといいとこだよ!」と憤慨して必死で弁護したものだ。
それはさておき、先週帰国して以来、あの米人俳優の気持ちがわかるような気がする。
すごい量の人間を取り込み吐き出していく駅、皆どこに行くのやら大量に人で溢れる交叉点。
やたら短いスカートに高いヒールを履き、これでもかってくらいまつ毛をバサバサにした女の子たち。
私が改札口前でもたもたしてるとあからさまに迷惑そうな視線をよこし、カバンがぶつかっても何も言わないオッサンたち。
私はまさにoverwhelmed。変なところに迷い込んだような感覚だ。
あれ、日本ってこんなんだったっけ。くらくらしちゃう。

まぁこんな私も一カ月くらいしたらすぐにハイヒールにショルダーバック、知らない人には無表情、の日本人に戻っちゃうんだろうね。そうなる前に、シアトルの思い出をまとめておかないとね。この一年は本当に夢のような一年で私の将来を大きく変えるものだったと思う。どんなによかったか、楽しかったか、つらつら書きたいのはやまやまだけど、自己満ブログになってしまってはいけないので(ま、いっつも結局自己満か笑)、簡潔に3つ話しましょう。

この1年、シアトルで学んだ3つのこと。

「人とのコミュニケーションを大切に」

ビラ配りを経験したことがありますか?

あれ結構つらいのよ。

自分は当たり前のように道で声掛けてくる勧誘とかビラとか署名集めとか一視もせず無視しまくってたけど。自分が何度かイベントのビラ配りをしたとき、最初結構ショックでした。完璧にシカトされると、自分の存在を否定されたような気になる。私のこの笑顔はなんなんだろうって。「ただの仕事。私の存在を無視されてるわけじゃない」そうわかってるんだけどね。

でも、シアトルでは違った。
友達をスタバの前で立って待ってるとき、目の前で、「save the children」みたいなorganizationのメンバーが勧誘をしてた。

「hey~ How’s it going? (調子はどう~)」
と声をかけ若いまず握手を求める大学生くらいの彼。

40代くらいの男性は握手に応じながら「Not bad(悪くないよ)」と返す。

「Can you give me a minute? (ちょっと話してもいい?)」と大学生。

40代の男性は笑いながら「nnn~sorry I don’t have time now~(ごめん!今時間ないんだ)」

大学生は「ok! Thank you! Have a good day! (わかった!ありがとう。いい一日を!)」

びっくりする私。興味ないのに立ち止まってなんで握手してあげたり話したりするの?めずらしい、いい人だな~と思っていたら、ちゃんと返事をしてあげるのはどうやら彼だけではないらしい。
ほとんどみんな挨拶されたら最低一言は交わす。これはアメリカ、少なくともシアトルではどこでも見られる光景でした。

Helloと言われたらHelloという。話しかけられたら返事をする。
そいえばこれがコミュニケーションってやつだよね。
あたりまえのことでした。

この例に限らず、シアトルの人はドアを開けたら次の人がくるまでドアを開けてまっててあげたり、知らない人たちとも突然会話が時始まったり、バスに乗ろうと走ってくる人を見て乗客が「待って!」とバス運転手をとめてあげたり、人間的な暖かさで溢れてた。
シアトル行ってからは私も興味なくても、せめて「大丈夫です」とか言ってあげてたし「Hello!」にもちゃんとこたえるようにしてた。

私たち東京人は忙しいとはいえ、街ではビラ配りだのティッシュだの美容室の勧誘だのいっぱいありすぎてうざいと感じることもしかたないとはいえ、害を加えるわけでもなくただ仕事をしている「その人」をほんと空気のように無視するよね。

日本人は本当は親切、表にはわざわざ出さないけだけ、って思ってたけど、私は東京で他人とのコミュニケーションとか、優しさとか結構忘れてたんだな、って気付かされました。
変な人って思われるかもだけど、こっち帰ってきてからも次の人のためにドア開けててあげたり、お水ついでくれるウエイトレスさんに御礼言ったり、地味にがんばってます。
そうしたら日本人だってみんな「ありがとう」とか笑顔とかを返してくれるんだよ。

シアトルの人に、教えられた「人にやさしくすること」と「コミュニケーションの大切さ」


「人生は楽しんで」

第13条〔個人の尊重〕

 全て国民は、個人として尊重される。

 生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限の尊重を必要とする。


幸福追求してる?

シアトルでやキャンプにハイキングに野外映画に釣りにクルーズにドライブにめっちゃ楽しんだ。
んで楽しんでるのは学生だけじゃないのね。子供も大人もお年寄りも、ホームパーティやらアウトドアアクティビティやら楽しむ楽しむ。

あれ、こんな楽しんでいいんだっけ?

ある自営業の日本人は「お盆プラス一日でも休むと「まぁよく休みますね~」って言われるよ^^;」って。日本人は「楽する」とか「休む」とかってあんま好きじゃないよね。ってか社会的にそういう快楽っていいイメージあんまない気がする。

でも人生楽しんでいいんだーと改めて思えた!
泥のように働いて、自己を他のために犠牲にする、それも美徳かもだけど、
やるべきことやってるんなら、自分の人生なんだしやりたいことやって楽しんでもいいんじゃない?
いや、「そんな気楽なこと言ってられないよ」という人は楽しむために「努力」ですら必要なのかも。

けど、一度きりの人生だし自分と身近な人、できれば他の人も笑顔でいれるように、常に楽しく生きたいです。


「価値観っていろいろあっていいんだな」


意識の高い大学生。
卒業後もコンサルとか広告とか花形の職業に入って、バリバリ働く。

それがかっこいい「勝ち組」だと思っていた。
まわりの大学生も「意識の高い」とか「ロジカルシンキング」とかって言葉を呪文のように唱えてた。
自分は違う!って思ってた。「勝ち組」でいたいと。「成功」したいと。
でも意識が高い、って何なんですかね。大学の授業も真面目に受けていないくせによくあんなこと言ってたよね。

シアトルでいろんな人にあっていろんな人の価値ってかすごさ?が見えるようになった。

あんまり対して物言わないはっきりしない日本人の友達は、実はとても聞き上手だった。
大好きな英語の先生は貿易会社をやめてMPA(パブリックアドミニストレーション)の修士とって、でも結局教えるの好きだから、私たちインターナショナルスチューデントの英語の先生してた。
インターンのスーパーバイザーはNPOで働きつつ、自転車大好きだから週末とか有休はツーリング。
ヨガクラスで仲良くなった毎週のようにライブを見にどっかに行ってるハードロッカーのギタリストは実はお医者さんだった 笑。

シアトルにはゲイも、芸術家も、ヒッピーみたいな人も大学卒業後どっかの国旅行いっぱいしてさて就活でもしよううかなって感じの人もなーんかいろんな人がいたけど、みんな私にはないかそれぞれの価値観で自分の人生を生きてた。

いろんな人間がいるんだね。そしてそれでいいんだよ。
いやもう勝ち組とかそーゆーのないですよ!「あの人変な人~」とかないですよ!
だってみんな変なんだもん!みんなやりたいことやりたい放題やって楽しんでるんだもん笑。

ただし、他人に迷惑をかけない限り。そして何があっても自己責任。

就活して、なるべくいい会社に入って。。。
流行りのかわいい服きて。

私、日本でも「自分なり」でいるつもりだったけど結局日本の画一的な価値観に縛られてたんだ。
そんなことにも気付かなかったの?って感じだけど、「受験」「就活」みたいな波に当たり前のように乗っちゃわない?日本にいると。

いつのまにか「社会の価値観」が「自分の価値観」になっていないかな。
「自分の価値観」の軸を作らないと。

私は、うん、自分の価値観育て中です。「将来の夢」が日本の総理大臣並みころころ変わる私ですが、自分の大切なもの、それはちゃんと認識しておきたいです。




それにしてもかえったら ebiちゃん結婚してて、にしのかなっていう人がすごい有名みたいで、あと、高校の恩師もいつのまにか結婚してて子供も産まれるらしくていろいろと浦島太郎だわ。

抽象論ぽくなってしまったけど、これが私の一年間のまとめです。
また思い出したらちょいちょい書きたすかも☆

最後に、一年間留学行かせてくれたお父さんお母さん、さみしくなったら話してくれたたそ&日本の友達、シアトルの大好きな人たち、勇気をくれたイチロー!
本当にありがとう!
この一年間はまちがいなく私の人生を大きく変える歴史的大事件だわ。

たのしかったぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー❤
来年あたりにまたシアトル帰るかな 笑。