おはようございます。宮川綾子です。
愛犬ごんのストーリー、「真っ直ぐな眼差し」後編です。
☆☆☆
そんなある日、ある出来事が起こります。
「ごんが…ごんが殺される! 早く帰ってきて…」
夜の11時位だったでしょうか、
私は帰宅途中の電車の中で、
泣きそうな声の母からの電話を受けました。
最初は何を言っているのかよくわかりませんでしたが、
酒に酔って大声で喚き散らす父にごんが吠え、
それに逆上した父が、
何かでごんを殴り殺そうとしたというのです。
そして、もう家にはいられないから、
ごんを連れて近くの公園にいる、ということでした。
その公園にたどり着けば、
うなだれてブランコに乗っている母と、
その横で、ゆらゆらとおしっぽを振るごんの姿がありました。
その夜は『3人』で野宿をしました。
ごんは私たちと一緒にいられて、ちょっと嬉しそうでした。
でもそれは実は私も同じなのでした。
なぜなら、
母が家を出ることを決意したからです。
-何十年かけても『説得』は機能しませんでしたが、
大切なものを守りたいという気持ちは大きく人を動かしますね。
母が家を出ることを決意した一番の理由はごんのためでしたが、
これは自分を大切にする、『健康』に向かっていく
大きなきっかけともなった出来事でした。
私は近くのコンテナ倉庫を借り、
夜な夜な生活に必要なものを少しずつ運びだし、
ペット可のアパートを借りておき、
「(母は)C型肝炎で療養に専念しないといけないから」
父からすると青天の霹靂だったでしょう、
我が家で通用する理由には思えませんでしたが、
その一点張りで、強引に家を出ることにしたのでした。
そうそう、荷物を整理していた時、一通のカードが出てきました。
何だろうと思って開いてみたら、高校生位の時のものでしょうか、
自分の字でこう書かれていました。
「この手紙を見ただれかさんへ
たすけてくれて、ありがとう」
…だれかさんって…自分だったんだ…
そう思いました。
☆☆☆
さて、家を出る時は夜になっていました。
父は玄関先まで出てきました。
車の後部座席にごんを乗せると、
ごんは後ろ向きになって、父のことをじっと見つめていました。
その後、くるっと私の方を向き、真っ直ぐに瞬き一つせず、
私を見つめました。
ごんは「いいの?」と聞いているようでした。
「仕方ないんだよ。」
私はそんな思いを持ちながら、
ごんの頬を撫で、車のエンジンをかけました。
☆☆☆
それから、『3人』の生活が始まりました。
4か月後には母は肝臓がんであることがわかり、
ごんはクッシング症候群でしたが、
ごんと一緒に寝る幸せ…
穏やかで何ものにも代えられない
かけがえのない時を過ごしました。
家を出てから1年経つ前位から、
ごんは弱っていきました。
目の焦点が合わなくなって、
目を合わすことができなくなってしまいました。
ぐるぐると徘徊をするのですが、足腰も弱り、
2、3歩歩くと倒れてしまうのでした。
そして約8年前の1月11日の午前1時前、
ごんのうめくような声が聞こえました。
おしっこなのかなと思い、
ごんを支え、ごんも立とうとしたのですが、
その場に崩れ落ちるように倒れてしまいました。
私は母を大声で呼び、二人でごんを抱きかかえました。
そして、
ごんが今世を卒業する時が来たことを知りました。
私たちは泣きながら、同じ言葉を繰り返していました。
ごん、ごんちゃん、ありがとう、ありがとね…
すると、ごんのお口がパクパクと、こう動いたのでした。
「あ」「り」「が」「と」
そしてごんは息を引き取りました。
閉じられた口もとは微笑んでいるようでした。
翌日、ごんが亡くなったことを母は父に知らせると、
父はこう言いました。
「あぁ…そうか…。
アイツ、ゆうべ、夢にでてきたよ…。」
☆☆☆
ごんは、家を出たあの夜、
その真っ直ぐな眼差しで、何を見ていたのだろう?
と思います。
私の勝手な解釈でありますが、
ごんはありのままを見つめ、
そしてその先にある『善』を見ていたような気がするのです。
どんな形であれ、私たちは家族でした。
ごんにはごんの思いがあったのでしょう。
ごんの魂は肉体から抜け出し、時空を越えて、
家族である父にごあいさつしていったのかもしれません。
そしてその後、父と私は、母の死を越え、
私は父の優しさ、慈しみの心を知り、
いたわり合うとても仲の良い父娘の関係に
なっていったのでした。
☆☆☆
私たちにはそれぞれ人生の課題があります。
その時は手に負えないと思っても、
私たちにはそれを超える力が備わっているのでしょう。
起こることには意味がある
たとえ時間がかかることがあったとしても、
それを信頼することができたなら、
心には安らぎがもたらされることでしょう。
☆☆☆
母はごんが亡くなった2年後に他界しますが、
私は今も、ふとした時に、
かつてそうであったように、
母とごんが道の向こう側から、
笑顔で手とおしっぽを振っているような気がします。
そして、
「大丈夫だからね」
叡智となった存在は、
優しく、ときに力強く、
そう言ってくれている気がするのです。
☆☆☆
長文お読みいただきまして、誠にありがとうございました。
心よりお礼申し上げます。
皆さま、どうぞ今日も良い一日をお過ごしくださいね。
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