斐(あやる)です。

 

6月末で長年勤めた会社を退職しました。

 

新たな人生を歩む覚悟を決めました。

 

 

 

私のこれまでの人生を振り返ってみています。

 

前回の記事はこちら

 

斐(あやる)記①【自己肯定感が低い私】

 

斐(あやる)記②【周りと合わせる】

 

斐(あやる)記③【人前で自分を出せない】

 

斐(あやる)記④【内向型なのにサービス業】

 

本日はここから

 

「斐(あやる)記」⑤

【家族ができても自己嫌悪が続く】

 

 

数年が経つ頃、

仕事をこなしてはいるものの

 

表面上は上手に取り繕ってはいても

お客様と心の通ったお付き合いができていない

自分に引け目を感じていた。

 

 

初めてのお客様に対して

電話をするときなどに

ものすごく感じる

不安や緊張。

 

 

もし自分がもっと外向的な自分だったら

こんなに電話する前に緊張したり、

不安を抱えて仕事はしないんだろうなと感じて、

そうなれない自分に自己嫌悪を感じ続けていた。

 

自分が駄目だからうまくできない。

 

根本はそこ。

 

私はダメなんだ。

 

 

どんなに努力してもしてもし足りない。

 

いつまでたっても変わらない自分。

 

この仕事は私には向いていない。

 

 

そう思っても、

正社員であることが

私には絶対的な存在理由だったから

 

やめたいけどやめられない。
 

 

 

 

葛藤を抱えながらも、

目標にしていた30歳には結婚するという夢を叶え、

子どもも二人欲しいという夢も叶えることができた。

 

 

 

家族という居場所ができた。

 

でも相変わらず自分のことは認めてあげられていない。

 

むしろ子どもができたことで、

イライラしたりする場面も増え、

そんなイライラする自分もダメだと

自分を責めるようになった。

 

子供にやさしくて、

おおらかなお母さんでいたい。

 

そういう理想像があっても、

そうなれない自分。

 

 

子どもをきっかけに友達が欲しい。

 

そう思って色々動いたけど、

結局は

自分を出せない

コミュニケーションしかできない私は

たいしてママ友とも仲良くもなれず、

表面的な付き合いをするだけ。

 

そんなつきあいしかできない自分にまたダメ出し。

 

結局自分が駄目なんだ。

 

 

(つづく)

 

 

それでは今日はここまで。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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斐(あやる)記②【周りと合わせる】

 

斐(あやる)記③【人前で自分を出せない】

 

 

 

本日はここから

 

「斐(あやる)記」④

【内向型なのにサービス業】

 

 

就職した会社では

結婚式、貸衣装、葬儀というそれぞれの部門があり、

どこに配属になるかは入社後の研修の後に決まった。

 

研修に回る中で、一番興味を持ったのが

 

葬儀部門。

 

 

男性が多く、

女性だらけの職場よりはしがらみが少なそうだったので、

私にとってみたら過ごしやすそうだと思ったこと、

 

かつ悲しんでいるご遺族の方の力になれる、

誰かの力になれるというところにやりがいが見いだせたから

葬儀部門への配属を希望した。

 

そして無事に葬儀部門に配属され、

うまくいったように見えた。

 

 

 

葬儀の仕事は、人が亡くなると相談にいき、

納棺、通夜葬儀の式典の進行などが基本的な仕事。

 

基本的には遺族のそばでサポートをしていく立場。

 

また、特殊な側面としては、

いつ葬儀が入るかわからないこと。

 

急に電話が来て仕事が入る。

 

いつ通夜葬儀の担当になるかは

その日に出勤してみないとわからない。

 

というなんとも不確定な出勤体系であるところが最も特殊。

 

 

私は変化が苦手で、

予測できないことに対して不安を抱く面があった。

 

心配性であり

変化や突然のことに対応できる柔軟性に欠ける部分もある。

 

 

また、表面上は取り繕って上手に話はできるけど、

根っこの部分は内向的なので、

お客様と深いつながりができるほどのおつきあいはあまりできなかった。

 

葬儀の時にお会いするのは何より身近な人を亡くし、

意気消沈し、

精神的にはだいぶ参っている方がほとんど。

 

お客様は通常の精神状態とは異なるので

様々なものが出てくる。

 

かなりのホスピタリティマインドが必要だ。

 

 

周りはもともと外向的な人も多く、

私は劣等感を抱くこともあった。

 

そこに対抗するために、

マニュアルのようなものを自分なりに作り、

とにかく上手に言葉が出るように努力もした。

 

幸い活舌も良いほうで、

決まった言葉であれば上手にすらすらと話せるので

司会などは全く不都合はなかった。

 

 

また世間話は苦手だけど、

行動で気持ちを示そうと、

 

コミュニケーションの苦手部分を補うため

お客様に渡す予定表を独自で作って

視覚的によりわかりやすく伝わる工夫をしたり、

 

お辞儀の姿勢や身のこなしなど

見える部分での儀式人としてのアピールに力を入れて、

自分なりに内向的な部分をカバーするような努力をしながら仕事をこなしていた。

 

 

 

それでは今日はここまで。

 

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新たな人生を歩む覚悟を決めました。

 

 

 

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斐(あやる)記①【自己肯定感が低い私】

 

斐(あやる)記②【周りと合わせる】

 

 

 

「斐(あやる)記」③

【人前で自分を出せない】

 

 

オタクな私はマイナスと考えていたので、

高校卒業とともにオタクも卒業しようと決めた。

 

私はもうオタクではない。

 

そう決めた。

 

 

県外の大学に行ったので心機一転、

内向からの転換を図った。

 

 

結局はコミュニケーションは上手にならず、

 

とりあえず

 

笑顔でいると人から攻撃されない。

 

そういう技を身につけただけで、

 

いつの間にか人前で自分を出せず、

 

いつも取り繕った自分でいることが多くなり、

 

結果、

 

人との距離は縮まることはなく、

 

仲の良い友人はほとんどできなかった。

 

 

 

友達を作ろうと交際範囲を広げても、

 

表面上だけの付き合いしかできなくなっていた。

 

 

 

女でありながら

グループありきの女子社会に対しての苦手感を抱えていた。

 

 

 

そして就職。

 

教育大学だったので教員という道もあったのだが、

何せ自分に自信がないものだから、

 

「人に先生と呼ばれ、

教えられるような人間ではないから、

 

まずは社会に出て人間性を磨いてから、

それでも教員になりたかったら

そのときに目指そう」

 

とある意味

「逃げ」

ともいえる姿勢から

一般企業に就職することにした。

 

それでも

就職活動中はとにかく

表面的には外向的な側面もあったので

そこをアピールし何個も内定をもらえた。

 

そして、

第一希望だった地元企業に就職が無事に決まり、

実家に帰ってきた。

 

就職先は冠婚葬祭業の会社。

 

会社案内の中の

 

「お客様との温かいお付き合いを大切にします」の言葉。

 

人との温かいお付き合いに

あこがれもあって強烈に惹かれたのだった。

 

なにせ人に対して苦手感があったから余計にあこがれた。

 

 

 

 

 

それでは今日はここまで。

 

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6月末で長年勤めた会社を退職しました。

 

新たな人生を歩む覚悟を決めました。

 

 

 

私のこれまでの人生を振り返ってみています。

 

 

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斐(あやる)記①【自己肯定感が低い私】

 

 

 

 

「斐(あやる)記」②

【周りに合わせる】

 

 

漫画やアニメにはまった少女時代。

 

漫画や本を読んだり、

イラストを描いたりするのが好きで

一人で部屋にこもって何かしていた記憶が強い。

 

夢中でイラストを描いて、

あっという間に数時間たっていたということも多かった。

 

 

 

 

小さい頃はよく兄について回ったので、

男子と過ごす方が楽だったけど、

年齢が上がるにつれてそういうわけにもいかず、

 

女子特有の

何らかのグループに属する

という生態系に入らなくてはならなくなった。

 

 

小学校から中学校では

女子グループのいざこざに巻き込まれたり、

様々な経験を経て、

 

自分を出さないほうがうまくいく

 

ということを学んでいった。

 

 

はっきり意見を言うと反感を買ったり、

ちょっとした行動が原因で仲間外れになったり、

 

うまくグループになじむには

ほどほどに周りに合わせながら過ごす必要があった。

 

 

なので、そんな中

周りに合わせるためには、

オタク的な部分はマイナス要素だと感じ、

高校では本当は好きだったイラストも学校では隠して、

プライベートなときだけ描くようにした。

 

 

 

 

 

周りと合わせること。

 

なるべく「普通」と思われるようにすること。

 

それが私にとっても処世術となった。

 

 

 

 

 

それでは今日はここまで。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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斐(あやる)です。

 

6月末で長年勤めた会社を退職しました。

 

新たな人生を歩む覚悟を決めました。

 

 

 

今回より

ここに至るまでの私の人生の歩みを書き綴ってみたいと思います。

 

 

「斐(あやる)記」①

【自己肯定感が低いから会社を辞められない】

 

 

私は2児の子供を持ち、

フルタイムで仕事をするいわゆるワーママという存在。

 

 

会社では他の人と変わらずに働き、

定時で帰ることに罪悪感を抱きながらも、

残っている社員を横目にそそくさと急いで帰り、

保育園と学童保育にいる2人の子を迎えにいく生活。

 

 

毎日時間に追われ、

自分の時間はほとんどなく、

たまにある平日休みだけが自分に許された唯一の自由時間。

 

 

会社が休みなのに保育園に預けるのか、

という無言のプレッシャーを感じつつも、

そこは見ないふりをして自分の時間を何とか作り出してきた。

 

 

会社に対する不満はあるけど、

子ども2人を抱えて、

主人一人の稼ぎだけでは心配なので、

どんなに大変でも夫婦共働きでいることが

幸せのための手段だと

そう思っていた。

 

 

これからますますAIが発達して

人間がやるべき仕事がなくなるかもしれない・・・

 

 

そんな情報を目にしたりすると、

私はこのままただお金のためだけに

会社に雇われているだけでは

AI時代に生き残れないのではないか。

 

そんな不安が生まれた。

 

でも会社員でいることしか知らない私は

他にどうしていいのかわからない。

 

 

 

言いようのない不安。

 

 

 

これから社会が変わる。

 

働き方が変わる。

 

 

それはほぼ確信に変わっていた。

 

 

でも、すでに少しずつ変わりつつある社会の中で、

その変化はどういう方向に向かっていくのか

最終的な姿はわからないまま。

 

そして自分は今何をすべきなのか。

それはわからない状況。

 

将来が不安で薄暗い姿でしか見えていなかった。

 

 

 

そもそも私は自分のことがあまり好きではなかった。

人と上手に話せない。

コミュニケーションに関する不安がずっとあった。

 

人と楽しく話ができるようになりたい。

 

そう思ってチャレンジはするけど、

なんだか思うように話せなくて

いつも帰ってから自己嫌悪を抱く。

そんな私。

 

 

その部分が特に大きく影響して、

俗にいう

自己肯定感が低い人間

だった。

 

周りとうまくやれない自分はダメな人間。

これまでずっとそう感じてきた。

 

 

 

 

 

それでは今日はここまで。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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