白頭山の白山神界を開き、創造の3本の心柱を発動させる | ココのアセンション日記

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アセンションとは本当の自分に目醒めること。集合意識・地球全体が次元上昇すること。目に見える世界と見えない世界の統合をしながら私たちは5次元に次元上昇します。



西田守さんより
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❤2008年12月31日に、3本目の神柱のエネルギーが流れて行くのが分かりました。と伊勢ー白山 道さんは言われています

✨そして、31日午後3時過ぎくらいから日本の白山に向けて、3本目の神柱のエネルギーが流れて行くのが分かりました。


◎・新春に神柱を迎える 序章1  2009-01-03 09:11:33 | Weblog  伊勢ー白山 道

平成二(ふ)十(と)年の5月頃、北朝鮮領に在る白頭山に鎮まる三本目の神宿る石柱を、何故か韓国ソウルへ迎えに行くよう神示が有りました。



東大門と南大門の近辺を何回か行き来すれば、白頭山から香港方向に向けて走る地球のエネルギーの流れ(=龍道)の霊線を利用し、白頭山の3本目石柱の霊性を凝縮して私に転送する事が出来ると示されていました。

そして、私が日本から来た霊線を通じて日本列島へ送る事が出来るとの内容でした。

太古の日本列島が最初に誕生した起点が石川県に在る白山でした。ここを起点に地球の大陸が発生し、人類は白山から琵琶湖に渡る地帯から誕生したと今までの神示では示されます。

アフリカ起源説

その後、地球の造山活動が進み現在のユーラシア大陸が浮上して、現在の日本列島とは90度違う方向に伸びる細長い白山大陸と接地してから、地球原初の人類の一部は現在の黒海周辺に移り、最終的に、その後にアフリカ大陸へと移動したと示します。現代科学ではアフリカ起源説までしか検証できない様です。

白山に祭られた3本の石柱

その後、気の遠くなる時間が経過した今から2万年ほど昔、日本と大陸が海面の低下により地続きにも観える時代に、白山に祭られていた3本の神宿る石柱の1本が白頭山へ持ち去られ、2本と分離してしまいました。

これが切っ掛けと成り、人類が誕生する時の根源の産土神の働きとして遺伝子をククル時の働きが1本欠け、2本の霊的遺伝子でのククリという不完全状態のままの人類誕生が始まったのです。

これが起点となり人類の大調和の精神が隠れ、闘争の原理が地球上で発動し始めました・・・。

韓国ソウルへ

5月に神示が降りた時、家族に韓国行きを相談すると、別にどこでも良いとの事でした。ただ行く日程を考えると、サラリーマンの悲しい宿命として同僚に迷惑が掛からない日を考えると、正月休みしか思い浮かびませんでした。

しかし、この時点では数年ぶりの円安と原油高で、海外旅行は燃料サーチャージなどで凄い割高でした。

予算的に厳しいし、記念すべき正月を日本以外で過ごす事が私は嫌だったので、神事で旅行中止を伺うと無反応でした。 でも、家族には旅行中止を私が決めて伝えると、別にそれで良いから1月2日ぐらいから近場の温泉にでも行こうかと成っていました。

しかし、その後に急な超円高と原油暴落、条件の良いツアーの欠員募集が家族分だけ有ったりと好条件が重なり、ソウルへ再び行く運びに成りました。

ソウルへは、約15年程前に社員旅行で1度だけ行った経験が有りました。 今回行く前は、言葉の問題が心配でしたがソウルの街では日本語が普通に通じました。特に若い店員さんは流暢な日本語を話されていました。まるで大阪の町かと錯覚するぐらい似た雰囲気がありました。 ・・・続く。



◎・新春に神柱を迎える その2 2009-01-04 13:29:18 | Weblog  伊勢ー白山 道

12月31日に仁川空港に到着しました。バスが途中、焼失した南大門の前を通り過ぎてホテルに着きました。すぐに身支度を済ませてから街へと出かけたのでした。ホテルから乗ったタクシーが次は東大門の前を通過した時から、とても精妙な波動が私の胸に吸い込まれるように流入して来るのが分かりました。

いよいよスイッチが入ったなと感じましたが、想像していた以上に体に抵抗感を感じませんでした。 おそらく10月から始めたフトノリト玄米食に切り替えた事が効果していると思いました。私の霊体に濁りが有ると、摩擦が起こり苦しんだかも知れません。ただし、これは帰るまでの平安に過ぎませんでした・・・。

そして、31日午後3時過ぎくらいから日本の白山に向けて、3本目の神柱のエネルギーが流れて行くのが分かりました。観光をしながら浮かんで来る事は、これからの現実界が「ナントカ、成る」でした。 この解釈を考えていると、「難(ナン)と禍(カ)、から安定へ成る」と響きます。難と禍を経験して、新しい世界が生まれるのです。ソウル滞在中は、少なくとも3度以上はタクシーと徒歩による東大門と南大門を観光により往復しました。

3本石柱を揃える

ここで思ったのは、大本教を始めとして神道系教団が昔から
「渦潮と鳴門の神業」 
「富士(不死)と鳴門の神業」
などど申しまして、近年の百年間に渡り明石海峡や鳴門海峡へ出向いてイベントを繰り返して来ました。 個人の神道家でも非常に多かったです。

私は昔から、このイベントが非常に疑問でした。
 
渦潮遊覧船に乗ったり、海水にチャップンする様な国内での小さい行事が、この神業の名前が意味する事では絶対に無いと感じていました。鳴門の文字が有るからと、本当に鳴門海峡へ行ってどうするの?と思って来ました。

今回の3本石柱を揃える、現実界での「型」の行為を通じてこの神業名の本当の意味を掴みました。渦を巻く困難の後、必ず世界は新しい門の扉を開けるのです。