本来の予定なら今日、腫瘍内科の先生から確定診断の結果と今後の治療方針について家族への説明がある予定だった。

ところが「追加で検査をしたい。」との事で説明は後日に延期。

 

抗がん剤治療を始めるという事で、内科から腫瘍内科へ転科するので病室は明日移るらしい。

 

病室をわざわざ変えるという事は標準治療は受けられるという事だな、とちょっと胸を撫で下ろす。

追加検査もきっと悪い意味ではない。と思いたい。

 

進展が無いという事で今日は以前書いていた“ウチの特殊な事情”にちょっとだけ触れたいと思う。

 

ウチの両親はお見合い結婚だった。

田舎から出て来た雑草魂のオトンと、生まれは田舎で東京で育ったお嬢様のオカン。

結婚に至るまで然程時間は掛からなかったらしい。

 

自営業だったオトンに嫁いだオカンは、自営業だった父の「いつか自社ビルを建てる」という夢を甲斐甲斐しく支えていたらしい。

ところが、私の人生の記憶は2人の夫婦喧嘩から始まる。

この時住んでいたのは、自社ビルとは程遠い玄関共有の風呂無し6畳一間の安アパートだった。

 

幼稚園の頃はオカンとよく銭湯に通っていた。

この銭湯通いが終わるのは年長の頃、低所得者向けの都営住宅に抽選で当たった時だ。

 

「これで毎日お風呂に入れる!」と大喜びしていたオカンの笑顔は今でも忘れられない。

乳幼児を3人抱えて金銭的にもかなり厳しかったと思う。

 

結局自社ビルは今に至るまで建った事はなく、2人が離婚するまでの十数年間、私たち家族5人はこの団地で暮らす事になる。