すこしずつ溜まっていた
ことばなき感情があふれて
わたしの声、出なくなりました。
自分の感覚が自分からズレはじめている感じ。
それにわたしは気付いていた。
自分とズレている感覚は、
他者への攻撃性にもつながり。
ちょっとした、他者の反応がノイズとなる。
また、それを支配し、コントロールしようとしはじめていたな、わたし。
あー自分がこわいこわい。笑
『わたしのしたいことって、こんなことなの?』
(自分の都合で、相手のやりたいことをあきらめさせること?)
『なにがわたしに起こってるの?』
(相反する感情がわたしの中には起こるから、わかんないよ!)
問いかけても、問いかけても、葛藤ばかりで。
それに加えて。
内なる言葉なき声が出る前に、
あらわれる外部からの刺激。
言語化して、消化する前に目の前の出来事がどんどんあらわれて、消化不良な連続。
そこから自分との対話をもつことが億劫となり、
向き合わない時間が、また自分を責めるんだ。
でも、わたしは知っていた。
自分責めてもなにも変わらないし、
藤野へ行けば、仲間に会えば変わること。
NVCをすれば、状態は回復すること。
自己共感が8割と言われるNVC
たくさんの内なる声を無視してたから、
わたしはずいぶん拗ねてしまっていたみたい。
わたしに問いかけても、寄り添っても
本当の思いを教えてくれなかった。
そう、
なにが大切だったのかもわからなくなって
自分の感覚がまるで自分と分離してしまったような感覚。
それでも、大丈夫。
わたしは、わたしに戻ってこれる。
と根拠なく信じられていたのは不思議なもので。
今回NVCのナビゲーターをしながら、
サークルに参加しながら、
自分の大切にしていた
共感的に他者に“聴いてもらう”こと
“嘆くこと”
“貢献すること”
こんなニーズがわたしの中にあったことに気付かせてもらえたよ。
おもってたより、わたしは
自分ひとりで色々やろうとしてたんだなぁ。
それはしんどいなぁって。
いまのわたしは、もっとだれかに共感的に聴いてもらうことが必要なんだなぁって。
共感的に自分がなにを大切にしていたか、感じてギフトしてもらえる時間の尊さとありがたさ。
わたしにとって、きもちがとっても安心する時間です。
サークルの途中から、案の定、声も出始め😄
参加者のお2人には、本当に感謝の気持ちでいっぱいで😌
そして
もっと、自分をさらけ出せる余地を見れたなと。
そして
NVCサークルいつやろうかなって😌
やりたくないことへ、『えーーーーっ』と言えるあなたたちの素直さに嫉妬してました。
内なる子どもの声を拾い上げるとき、
自分自身とのつながり、ゆとりが
わたしには本当に欠かせません。
気兼ねなく反応・発言する無防備さ、その無邪気さ、すべてに降伏です。

