仲良しではないフタリ 微妙な距離感
朝、ヨーグルトとフルーツなんて食べてると自分が女子にでもなったような気分。
そういえば昔は仲間内で「朝からカツカレー食べれるオンナ」として有名だったワタクシ。
あ、今もイケるけどね。
みなさま、おかわりないですか?
生まれて初めてシャインマスカットを買ったんよ~
今まで何度も何度も何度も何度もスーパーで手に取っては戻していたあの高級ブドウ。
それがさ、近所の激安青果店のしかもタイムセール(閉店ちょいまえ)で一房580円やったんよぉぉぉ!!!
てなわけで、初めてシャインマスカットをいっぱい食べました。
今まではスイーツに乗っかってるやつをちろっと食べたぐらいやったから。
美味し・・・そして甘し・・・
ああ、幸せ。
そしてシャインマスカットを食べれるようになったなんて私もステージアップしてるわぁ・・・
と、580円であることは忘れて悦に入ったのであった。
大事なのは気分よ、気分!
★★★
私は結構「優しくない」「思いやりがない」みたいなことを母親にずっと言われ続けて育ち、内心では「そんなことないわ!」と思ってたんね。
少なくともあんた(母親)よりは思いやりあるわ、と思ってたん。
この「少なくとも~」の件は今も変わらんのやけどもw、でも確かに私って優しくはないかもな~と近頃思ってる。
たとえば、4年前に愛猫が星になった後、遺影の前に小さなお水を入れる器を置いたんよね。
私はその器を結構吟味して、内側に可愛らしい猫の絵が描かれているものを選んだん。
それを実際に遺影の前に置いたとき、隣にいた旦那はんに「向き、逆やろ」って言われたん。
私ね、器の中の猫を自分から見て正位置になるように置いてたん。
なんかハッとして。
そうか、相手(遺影)から見て正位置に置くもんなんや、って。
そのときめっちゃ「私ってやっぱ思いやりに欠けてるかもね」って思ったん。
なんていうか、多分私は「思いやり」の本質みたいなものがよくわかってないのかもって思った。
ま、だからって今の私はそれで落ち込むとか悩むとかはないんやけどもw
世の中の多数派の「思いやり」に欠けるとしても、私は私なりの「思いやり」を示すしか出来ないならそれでええやん、というか。
それが生まれ持った特質ならそもそもしょうがないし、育った環境で会得したものでもしょうがない。
育った環境で得たものならば恐らく時間をかければ矯正できるかもしれんけど、私はもうそこにはエネルギーを注ぐ気持ちがないw
もう人生の残り時間もそんなにないかもしれんなら、もっと自分らしさの発揮にエネルギーを使いたい。
そんな私がひとさまのお悩みを聞く仕事をしててええんやろか、と思わんでもないが(;^ω^)
★★★
パート先に嫌いな人はひとりもおらんのやけども、ちょっと残念に思う人は何人かいる。
まあ私自身も「扶養範囲の主婦パートやしな」という気楽な気持ちで仕事はしてるけど、それでも長年の社会人生活もあってそれなりに「仕事やから」とは思ってる。
何が言いたいかというと「これでお金をもらってるわけやから」という気持ちは一応あるよってことね。
誰誰さんが好きとか嫌いとか、こういう仕事(作業)はやりたいとかやりたくないとか、内心で思うのは自由としても実際態度(行動)に出すのはどうやろか、と思うことはたまにあるんよ。
今の私がそういうことをする人に対して残念に思うのは、「そういうことするとほかの人に迷惑かかるやん」というよりは、「それ全部あなたに返ってくるんよ・・・」という気持ち。
人生の仕組みというか、いわゆる因果応報的なものについて知ると、私は怖くてそういうこと(不満をまき散らす)はでけん、と思うけども。
私は時々、「もし自分がこの店(または会社)のオーナーやったら、この職場の誰を雇いたいかな?」と考えたりする。
そのときもちろん「私自身を雇いたいかな?」とも考える。
私自身に対しては「どっちでもいいかな」ってなるんやけど。
「絶対雇わん」でもないけど「絶対雇いたい」とも思わんかな、とw
だってさ、そりゃ「扶養範囲の主婦パートやしな」って思ってる時点でそんなにやる気ありそうには思わんやんww
そんなこんなでパート潮時問題は相変わらずタイミングをどうするか考えてるとこ。
最長で来年の夏かな、とは思いつつ。
今、日本人女性の平均寿命は87歳なんやて。
もしそこまで生きるとしてあと30年程。
それそれの季節を味わうのもあと30回。
具体的な数字にするとなんかちょっと一回一回を大事にしよって気になるね。
それではみなさまもそろそろやってくる短い秋をお楽しみに下され。


