父は今現在 地固め治療1クール目をやっています。
ちょうど2日目です。
電話での声はしっかりしていて、
まだ目立った副作用はないようです。
平日は母が週1のペースで面会に行きます。
片道1時間かかるので、そのくらいのペースに落ち着きました。
今日は、発症のころの様子を 書いてみます。
入院したのは10月中ごろなのですが、
6月ごろから、畑仕事がだんだんつらくなり
一時間もすると 「もう無理
つかれた」 っていって
その日の作業を終了してました。
夏はもっとひどく疲れているようすだったので
「お父さん、何か悪い病気じゃこまるね・・・・・」
なんて、私はふと 母に話したこともありました。
でもそれ以外では 特に変わったこともありませんでした。
9月には旅行に一緒にいったのですが、このときは
町を散策して歩くときに やけにつかれるな・・・・・
と思っていて ただ事ならぬほど疲れる・・・・・
って思ったようです。
でも、偶然そのころにやった人間ドックでは癌の異常が
なかったので安心していたと思います。
(でも、あとから改めて結果をみてみると 血液は再検査。って
出てました・・・・・ でも、そのときはそのままに
していたようです。とにかく、人間ドック=癌検査と思ってて
なにも腫瘍が見つからなかったので、血液の事は
気にもとめてなかったようです)
そして10月前から 風邪らしき症状がなおらず
だんだん辛そうになってきました。
このころは 夜中に咳がとまらないってことで
本当に風邪もひいていたとは思います。
病院も2軒いって、それでもなかなかよくなりませんでした。
入院の一週間前には、それまで具合は悪くても
孫の幼稚園の見送りをするのに朝 バス停に出てくるのが
日課だったのに それもできなくなり・・・・・・
そうとう しんどいんだろうな・・・・・と思っていました。
で、医者に薬を一週間のんでも良くならなかったらまた
来てねっていわれていたのに、あまりにもしんどいので
一週間を待たずに もう一度医者にいって 念のため
血液検査。
次の日の夜、電話がかかってきて検査の結果が気になるので
紹介状を書くから、専門の病院へいってください。といわれました。
もうこの時点で、家族の誰もが心の中では
「白血病?」って思ってました。
そして、次の日 1時間ほどはなれた大学病院を紹介されるも
ベッドに空がないので、別の病院へ紹介しなおされ
いって、検査をして 急性骨髄性白血病とわかりました。
わかった夜は、子供孫と全員あつまり、なんともいえない
異様な雰囲気でした。
父以外は泣かずにいるのがやっと・・・・・
テーブルには、夕飯にと妹がスーパーで買ってきたお寿司が。
でも、みんな食欲もなく、かなり残ってて・・・・・
父はというと、一番しかっりして冷静を装っていて
「オレはもうこの歳だし もう思い残すこともないからしかたない」
なんて、あっさり 悟ったような事いってて・・・・・・
ちなみに、その日は主治医に
「すぐに治療をはじめなくて平気だから今夜は家に帰って
いろいろ準備してきていいよ」といわれての帰宅でした。
あとから考えるとそんなに時間的余裕があるなんて
まだ病気がそんなに深刻になる前に気が付いたという
ことなのかな・・・・だからきっと早期発見だから
大丈夫だ!? なんてあまり知識もなく
でもこんな最悪の状況でも なにかにすがりたい
という気持ちでこんな事考えていたと思います。
次回は 入院の時に主治医からわたされた説明書
の内容を書きたいと思います。