いつか妻になれば旦那様に尽くし


いつか母になれば子を守りぬく



そんな風になりたいと思ってた。


そんな風になれるまでは、妻にも母にもならない、と思ってた。



だけど、本当に愛し、尽くし、守るということは


一体どこまでやれば、そうだということになるのだろうか。


どこまで身を犠牲にすれば、心は報われるのだろうか。



もはや、そんなことを考えて躊躇している暇はないのかもしれないけど。


時代のせいなのか。


人を愛したせいなのか。


人に愛されたせいなのか。








「ヴィヨンの妻」をさっき観終わった。


明治・大正・昭和初期を題材にした映画はすき。


社会的にも肉体的にもまだまだ弱い立場にいるのに

女が必要だということが目に見えてよくわかる時代。


元アメリカ兵の男にも日本人の女が必要で

元日本兵の男にも日本人の女が必要だった。


そんな風に思う。


規則正しかったり、はみだしていたり。


それでやけにエロく感じたり、強さを感じさせたりする。


すごいな、女って。


わたしは平成を生きる女だから(昭和生まれだけど)

客観的に、すごいなって思うよ


だから、わたしはいつか結婚して、旦那がよその女と心中未遂したときに

昔の男とヤって助けたりなんかしない。

いくら愛していても、そんなことはできない。


だけど、それが、ヴィヨンの妻なのだ。




やっぱり、こうゆう話は夜より朝みるのがいいのかもしれない。