中央大学通信課程  

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 報道によれば、阿部氏は娘さんへの暴行容疑で逮捕され、その後釈放され、巨人軍の監督を辞任したとされています。巨人は5月26日に阿部氏の辞任を発表し、シーズン途中での監督退任となったことも報じられています。

  もちろん、私は家庭内で実際に何があったのかを知る立場にはありません。
 娘さんが怖い思いをしたのであれば、その気持ちは軽く扱われてはならないと思います。児童相談所や警察が子どもの安全を最優先にして動くこと自体も、必要な場面があると思います。

  しかし、それとは別に、阿部氏を直ちに監督辞任という形に追い込む必要が本当にあったのか。
 巨人軍は、それで本当によかったのか。私はそこに、強い疑問を感じます。

  逮捕されたという事実は重いものです。けれども、逮捕されたことと、その人の仕事や社会的立場を一気に奪うことは、必ずしも同じではないはずです。

  今回の件が、継続的な虐待なのか、一時的な家庭内の衝突なのか、どのような経緯があったのか。
 その点については、外部の人間が軽々に断定できるものではありません。

  それにもかかわらず、逮捕、報道、辞任という流れがあまりにも早く進んでしまったように見えます。

 もちろん、巨人軍という球団の監督は、社会的な影響力の大きい立場です。子どもたちに夢を与える職業であり、球団として厳しい判断を迫られたことも理解できます。

 しかし、厳しい判断とは、ただ辞めさせることだけなのでしょうか。

 一定期間の謹慎、事実関係の確認、本人の反省、家族への支援、再発防止の取り組み。
 そのような段階を踏んだうえで、復帰の可能性を残すという選択肢はなかったのでしょうか。

  阿部慎之助氏は、長年にわたり巨人軍を支えてきた人物です。
 選手として、主将として、そして監督として、巨人軍の歴史の中で大きな役割を果たしてきました。

 その人物を、一度の報道と逮捕だけで、球団から完全に切り離してしまうことが本当に正しいのか。
 私は、巨人軍にはもう少し大きな視点で考えてほしいと思います。

  これは、暴力を許すという意味ではありません。
 家庭内の問題を軽く扱うという意味でもありません。

 むしろ、子どもを守る制度が必要であるからこそ、その後に起きる社会的影響にも、もっと慎重であるべきだということです。

 もし娘さん本人が望んでいたのが、「助けてほしい」「話を聞いてほしい」ということであって、父親を社会的に失脚させたいということではなかったのだとすれば、今回の辞任という結果は、娘さん自身にとっても非常に重いものになってしまうのではないでしょうか。

  家庭の中の出来事が、児童相談所、警察、報道、球団処分へと一気に広がっていく。
 その流れの中で、本来守られるべき子どもの心が、さらに傷ついてしまうことはないのか。

 私は、そこがとても気になります。

 巨人軍は、阿部氏を辞任させて終わりにするのではなく、事実関係を冷静に見極めたうえで、早期復帰の可能性も含めて検討すべきではないでしょうか。

 もちろん、すぐに何事もなかったように戻すべきだと言っているのではありません。
 必要な反省、説明、一定期間の謹慎、家族への配慮、再発防止策は当然必要です。

 しかし、それらを経たうえで、阿部氏がもう一度巨人軍に戻る道を完全に閉ざしてしまう必要があるのか。
 私は、そこまで厳しく切り捨てることが、必ずしも社会の成熟した対応だとは思えません。

 人は過ちを犯すことがあります。
  しかし、すべての過ちが、その人の人生や仕事を永久に奪う理由になるわけではありません。

 子どもを守ること。
 家族を壊しすぎないこと。
 そして、人が反省し、立ち直る道を残すこと。

 この三つは、本来、同時に考えられるべき問題ではないでしょうか。

  今回の件を、単に「逮捕されたから辞任」「問題を起こしたから退場」という形で終わらせてしまってよいのか。
 私は、そこに大きな疑問を感じます。

 巨人軍には、伝統ある球団として、処分だけでなく、再起の道を考える度量も持ってほしいと思います。