東日本大震災から一年と一日 | HAPPYLIFE☆あやちゃんねる!!

HAPPYLIFE☆あやちゃんねる!!

二人育児と仕事と家事★ときどき趣味生活!!

今日で、東日本大震災から一年と一日。



また今日も日常の生活。


昨日のテレビでの震災から一年の番組を見て改めて、あ~震災怖かったな~って思い出しました。


なんだか一年前なのに、あっという間のようで、もう忘れかけている自分。


忘れちゃいけないのに、年月は怖い。






振り返れば、あの日。3月11日。


私はいつものように息子を保育園に預け、会社へ。朝から仕事に追われていた。


が、突然保育園から電話。


「奏君、朝からお熱がありまして、お迎えをお願いします。」との事。たぶんこのとき朝10時くらい。


またか~仕事忙しいのにな。。。なんて思いながら「じゃあお昼前にはお迎えに行きます」と返事をして


帰る支度をして保育園にお迎えに。


お迎えに行ったあと家に帰り、なぜか母に電話。(金曜日だった為、なぜか実家に帰りたくなり、仕事の母が休みかどうか確認した。)偶然にも母は仕事が休み。


土曜、日曜とパパは仕事で私は休み。育児を一人でするのがおっくうだった私はすぐに帰る支度をして電車で地元へ。


地元へは電車で1時間ちょっとかかるし、実際は2か月に1回帰るくらい。で、この日もたまたま実家へ。


母に駅まで迎えに来てもらい買い物をして歩いて家へ。


母と台所で話しながら、買った食材を冷蔵庫へいれようとした、まさにその時。。。。


ガタガタガタ・・・・・と小さい揺れ。     「あ!地震だね。」(このときは小さい揺れだったから呑気)


そのあと、ものすごい揺れ。   「え~なにこれ!!地震やばくない?いやぁどうしよう!!」


あわてて家の中は危険だと思い、母と息子と私でスリッパのまま庭へ飛び出した。


立って居られない大きな揺れ。家や家の周りの塀はグニャグニャに揺れていて、今にも家が崩壊して私たちは死んじゃうかも。。。と思いました。


長い揺れがおさまり一旦家の中へ。あんなに揺れたのに家の中はなんでもなかった。

(このあと他の部屋はぐちゃぐちゃで大変だったけど・・・・なぜかキッチンとリビングは平然としていた)


「何今の!!ちょ~怖かったねぇ、怖いから家にいたくないね」なんて話していたらまた地震・・・・


家の中はあまりに怖くて玄関から出て外へ。近所の人たちも出てきている人もいて、怖かったね!なんて話しながらしばらく外にいた。


その間、初めての大地震に怯えて完全にビビりまくっていた息子。おばあちゃんに抱かれ降りようとしなかった。怖い怖いと言いながら。



地震の30分ほど前に父は仕事のためにでていた。乗り換えの最中に地震にあい、慌ててかなり遠い所から歩いて帰ってきた。(地震からもう4時間ほど経った後だったかな。)連絡がつかなかったから、どうしているか、無事なのかわからないまま待っていた。海岸沿いを走る電車。テレビに映る津浪の映像に怯えながら、父の乗っている電車は大丈夫なのか心配していた。



もう一人、たまたま海岸沿いにいた旦那。しごとで幕張メッセにいた。

やはり連絡が取れず、結局電車もない完全な帰宅難民で液状化するなか幕張のホテルに泊まった。。。らしい。。。。あとからデンワで聞いた。


なんか、後から考えてぞっとした。


偶然①・・・・・たまたま息子が熱で呼び出され帰っていた。


偶然②・・・・・たまたま母が休みで金曜日だった。


偶然③・・・・・すぐに電車に乗り実家に帰っていた。


この偶然がなかったら私は帰宅難民で帰れたのは次の日だっただろう。

もしかしたら実家に帰る電車の中で息子と一緒に帰宅難民だったかも。

金曜日以外の平日なら実家に帰ろうなんて思わなかったから、家で地震にあい、息子と二人で怖い思いをしていただろう。

母もまた、家でたった一人で地震にあっていただろう。。。。。


すべての偶然が起き、母と一緒に息子と一緒に地震に合え、怖かったけど心強かった。



会社の人に後日、「息子君が呼び出してくれてよかったよね。きっと察知したんだよ」なんて言ってくれて

本当に息子の熱に感謝したあせる


その後、息子は半年ほど、地震に怯え、テレビから地震警報のベルがなると走って抱きついてきたり、地震の話をよくしたりしていて心配でした。



こんな私の地震体験。また来るのかと思うと怖くて日々地震のたびに怯えている。