昨日、客先で4時間ミーティング
そして、夕方は広いイベント会場視察と、
通気性が悪い服装にパンプス👠で
汗だくで歩き回り💦
結果、ヒールで10000歩👣。
たった約7kmでも
足がこむら返しになってます〜😅💦
先週の三輪山登拝の日は、
約23000歩、14kmでしたが
逆に爽快で全く身体に痛みもなかったことを思うと、、
靴って、本当に大事だなぁ🙏
と改めて思いました🙇♀️
さて、三輪山をあとにし、
立ち寄ったのは、
卑弥呼の墓と言われる
箸墓古墳へ
位置関係はこんな感じ
全長272mの前方後円墳。『日本書紀』には、倭迹々日百襲姫命の墓で崇神天皇のころの築造と記されている。昼は人、夜は神が造ったという言い伝えがある。姫命は崇神天皇の祖父の妹で、三輪山の神、大物主の妻となった人物。夜しか訪れなかった神は、姫命の願いを聞き入れ朝まで泊まったが、その姿は蛇と化していたという。姫命が驚き騒いだために愛想をつかして神が帰ると、後悔した姫命はハシで陰部を突いて自害したと伝えられ、そこから「箸墓」と名付けられた。卑弥呼の墓とする説もある。
websiteより。
箸墓古墳は邪馬台国が存続していた三世紀前半ごろで最古の古墳と確認されたホケノ山古墳に隣接し、三世紀後半に築造されたとの説がある。
出土品は、
吉備地方(現在の岡山県)で主に出土する特殊な土器や、
最古型の埴輪などの破片が三千点以上出土していたことが平成12年5月17日(水)、宮内庁の調査でわかった。
邪馬台国説は、
この周辺一帯の纏向遺跡を指すそうで、
平城京にも匹敵する広さがあったとか、、
邪馬台国じゃなかったとしても!
相当な大国、豪族が統治していたんですね。
各地からヒト、モノが集まり、
土木工事にたけた道具
なかなか古代史ファンにはたまらないエリアです。
三輪名物のお素麺をいただきつつ、
古代都市に思いを馳せました🙏
もう1箇所
急遽
旅館の主人の話から伺うことにした、
多神社へ🚙
多神社(多坐弥志理都⽐古神社 おおにますみしりつひこじんじゃ)は延喜式内⼤社で、多(おお)は古事記編纂に関わった太安万侶をはじめとする古代⽒族多⽒の根拠地とみられます。
神社の祭神は、神武天皇・神⼋井⽿命(かむやいみみのみこと)・神淳名川⽿命(かむぬなかわみみのみこと︓綏靖天皇)・姫御神(ひめがみ︓⽟依姫)の四柱で、このうち神⼋井⽿命は多⽒の祖とされています。
位置関係に何か意味がある⁉️
箸墓古墳から一直線、、、
その先には、伊勢神宮があるという、、、
わからないけど、
とりあえず伺いました😅‼️👏
さぁ、
次はいよいよこの旅の最後を飾る
石上神宮へ
長くなるので続きます🙏✨✨
誠にありがとうございます😊