「これね、おばあちゃんにもらったのよ」

 

母が自慢げに、祖母から譲られたというルビーの指輪を見せてくれたことがある。きっとこの指輪は、母を通じて、この家の女たちに譲られ、代々、私たちを守ってくれるものになるんだと思った。

 

私にもそうして、血のつながりと継いできた世代や悠久の命のつながりが感じられる、真っ赤な宝石があることが、ひそかに誇らしかった。

 

けれどある日、私が家を不在にしているときに、やってきた廃品回収業者が、母から言葉巧みに指輪をだまし取っていった。

古本を30冊程度と、祖母からゆずられたルビーの指輪、そして、もうひとりの祖母から譲られた小さなダイヤモンドがついた指輪を、その廃品回収業者は、千円ほどで買い叩いていった。

 

悪質きわまりない。

 

帰宅後にその話を聞いた私は詐欺だと思った。

そして、大事な指輪を廃品回収業者にだまし取られてしまった母を、無用心で世間知らずで、自己肯定感の低い人と感じた。とてもがっかりして、残念で、くやしくて、感情が高ぶりすぎて、母には何も言えなかった。

 

ただでさえ、父とのつながりを失い、父方の祖父母や親戚とのつながりの喪失感があったところに、きれいなルビーの指輪がだまし取られてしまったことは、本当にショックだった。

 

もう私を守ってくれるご先祖様はいないのではないか。

途方にくれてしまったような気持ちになった。

 

でも誰も責められない。

 

この気持ちを、どう成仏させればいいんだろうか。

夢を見た。

 

自分がどうしょうもなく太っていて、太っていることをどうにもできなくて、とても気持ちがわるく、自分をダメなやつだと思い、みっともなくて人前に出られないし、こんなでは誰にも愛されないと、卑下する夢だ。

 

30過ぎたら脂肪が落ちづらくなるとはいうが、わたしは30になってから、しばらく水商売をしていて、そこそこ人気があったために、毎週、ひどいときには毎日同伴をして、ご馳走をたんまり食べていたために、随分とぽっちゃりしていた。

 

水商売をやめてお酒を控えたら、とたんに顔もすっきりとしたので、いろんなひとに「すっきりしたね」と言われた。

 

けれど、わたしは自分の容姿を人にとやかく言われるのが大嫌いだ。

綺麗にはしていたい。水商売のお客さんに褒められるのは嬉しい(商売だからだ)。けれど、日常で、普通の仕事をしているときに、容姿を褒められてもけなされても、どちらも嫌悪感を感じる。わたしの価値は容姿ではないと、そう思うからだ。

 

なのに、夢の中の自分は太っていることがどうしても嫌だ。痩せて美しくなければ愛されないと本気で信じている。

 

 

イライラするので、1人でカラオケに行った。

 

歌いながらふと、以前、父と行った旅行で撮った写真のイメージが浮かび上がってきた。歌いながら、嗚咽した。涙が溢れてきた。

 

父の暴力は昔からひどかったのだが、わたしは社会人になってから、意識的に父と付き合うようにしていた。会えば酒を飲みながら話もしたし、旅行もした。

 

母に言わせれば父は人でなしだ。けれど、わたしは暴力を振るうわけのわからないことを大声で叫んだりする父親であっても、尊敬できるところや良いところを見つけたかったのだと思う。

 

父は良い人だ。ダメなところももちろんあるけれど、悪い人ではない。

 

きっと、結婚する人を間違えたんだろうなと思う。互いに依存しあうように生きてきて、互いに甘えすぎて、まるで傷ついてきた自分の一部であるかのように、相手を傷つけてしまう夫婦関係を選んでしまったのだろうなと思う。

 

父がいないことを寂しく思い始めたのには、理由がある。

母のことだ。

 

父と離れて母と兄とわたし、三人で暮らし始めてから、わたしは急に母の様子が気になるようになった。

 

お金の使い方、行動、出かける先、母は全てわたしに許可を求めるようになったからだ。食卓に座ると、言動があたふたしていて不自然で、わたしに媚をうるような態度をとる。わたしが友達ができるように、楽しく暮らせるようにと勧めることや、話すことの全てが、どうも攻撃的に聞こえるらしく、何を行っても「YES」という反応が返ってこない。結果的に「YES」なんだとしても、否定的に肯定するというか、コミニケーションには全てネガティブに応じるのだ。

 

2度の口喧嘩を経験して、わたしは静かに切れた。

 

なぜならば、母は喧嘩をすることがコミニケーションだと誤解をしていることに気がついたからだ。わたしを口汚くののしったり、わたしに否定的なことを言わせた後、母はものすごくすっきりとした親しげな笑顔を見せるのだ。相手と通じ合ったかのような笑顔。わたしにとっては喧嘩は喧嘩だ。喧嘩すれば疲れる。癒されているのは母だけだ。どれだけ自己肯定感が低いんだと、ヘドが出そうになった。これが40数年間DVを受け続けていた人の現実なのか。

 

それ以来、わたしは母と口を聞かず、顔も見ない。母はわたしにかまってもらおうと、ありとあらゆる策を講じてくる。わたしは静かに無視する。

 

なぜなら、自分が消耗していくからだ。

 

どっぷりとわたしに依存しようとしている母が目の前にいる。全体重をかけてこようとしている。どんな自分であっても、肯定してもらえるはず、と、お試し行動を繰り返す。受け入れなければ怒り出す、そして喧嘩に持ち込んで、喧嘩の満足感でにんまりと満面の笑顔を見せる。これがおきまりのパターンらしいのだ。

 

お試し行動には様々ある。

 

掃除をしない。

味噌汁の具材に変なものを入れる。

食卓に醤油を出さない。

わざと大きな音を出す。

たまにびっくりするぐらいに夕食のおかずが質素だ。

 

これらは総合して、父が嫌がることだ。

母がこれらのことを実行すると、父は注意していたし、母がいうことを聞かない場合は父は切れていたし、時には口げんかが暴力に発展していた。

 

そして、思い出す、父がいつも口にしていた母への文句。

 

「やり方がきたねえな!」

 

負のスパイラルすぎる。だれかこの地獄から助けて。

 

なぜわたしが両親が共依存でDVでどうしょうもなくなっている様を、ありありと想像したり、理解しなくってはならないんだろう。

 

ディストピアな家庭に育ったおかげで、幸せな家族がわからない。

普通がわからない。