この運命を用意してくれたのは誰なんだろう?
神様かな?それとも…
『 運命のイニシアティブ 』
この偶然の出逢いを運命と呼ぶことにしよう。
*
うとうとしてた。ついに眠気に耐え切れずカクンと首が折れたと同時に太ももに何かが落ちてきた感覚。
「んぁ…?」
電車に揺られながら目を擦って、ぼーっとその物体を見てみる。
「あ、すみません」
頭上から降ってきた声に思わず顔を上げると、焦った顔の男の人。うちの高校の制服着てる。
(…せんぱい?)
見た事あるような、ないような。それ、と遠慮がちに指を指され視線を膝に戻すと、どうやら吊革に捕まるその人の手から滑り落ちたのは彼のスマホ。
「あ、どうぞ!」
うとうとしてなかったらまぁまぁ痛かっただろうと思いながらもそれを手に取り差し出す。ごめんね、と頭を下げながら受け取る彼。
「あっ!」
(スマホカバー、あの漫画の主人公だ!)
毎週週刊漫画を立ち読みするほどその漫画のファンだったおれは思わず声を出してしまった。
「ん?」
急に声を発したおれに驚いたんだろう。目を丸くするその人。
「あ…おれもその漫画すきなんです。…すみません、!」
「そうなんだ」
そりゃあ、そう返すしかないよな…。気付けばおれの横の席は空いていて、普通だったら彼が座ればいいんだろうけど変に話し掛けてしまったもんだから遠慮しているのだろうか。彼は立ったままだ。
「あの、座りません…?」
何だか申し訳なくてそう提案すると、また目を大きく丸くするその人。だって、同じ学校なら降車駅はまだ先だ。少しだけ戸惑った様子を見せた後、ぺこりと会釈をして隣に腰掛けてきたので再び目を閉じる。
「誰が好きなの?」
「…ふぇ?」
寝るか寝ないかの絶妙なタイミングでまた声を発した彼に再び顔を上げる。
( …誰が好き? )
「あ、えっと…キャラで。」
あ、キャラか。さっきの漫画の話の続きか。
「俺は敵役が好きなんだけど。」
「っ、おれも!」
人気の漫画だけど同じキャラを好きな人に出会った事がなかったから、びっくりしてつい興奮してしまう。するとその人は「元気だね」って言ってくしゃりと笑った。その顔に少しだけ心臓が跳ねたのは、多分興奮のサブリミナル効果だと思う。
それから電車の中でも駅に着いてからも初めて喋ったとは思えないくらいに話は止まらなくて、あっという間に学校に着いてしまう。
彼の名前は櫻井翔と言うらしい。俺の1つ上…つまり3年生。
「3年生だったんですね、!」
「あはは、敬語じゃなくていいよ?」
「いやいやいや!ムリですムリです!」
何度もしつこいけれど、先輩とは初めて喋ったとは思えないほどに本当に気が合う。だから学校に着いて下駄箱で別れる時、連絡先を聞かれてすんなりと教える事が出来たんだ。
手を振りながら去っていく櫻井先輩に「おれの運命の人かも」なんてまた嫌な癖が出てくる。占いとか運命とか、信じやすいタチの男なのだ、おれは。
「おはよ、ニノ」
「おはよう」
隣の席のニノはおれの幼なじみだ。女子とも男子とも分け隔てなく接する事ができて、後輩にも先輩にも知り合いが多い。
「え、翔さん?」
やっぱり。早速今日の出来事をざっくり話すとやっぱり櫻井先輩のことを知っていたニノ。
「知ってるんだ?」
「知ってるどころじゃない。松潤とか大野さんとかも含めて仲良いから。」
「そーだったんだ。世間、狭いね。」
「ゆーて同じ学校だし。」
へー翔さんかーって興奮気味のニノ。
「なに?」
「いや、翔さんの色ネタって初めて聞いたから。」
「色ネタって…ただ気が合ったから連絡先交換しただけだって!」
「はいはい。あー、そういやお前のこと話したことあったかも。」
「え!なんでおれの話が出てくんの?!」
「俺らの会話にクラスメイトネタよく出てくるんだよ。お前もその中の一員。」
「なんだと〜!」
どうせニノのことだから隣の席のやつが~って、何でもないことを面白おかしく雑談のネタにしただけだろうから深くツッコむのはやめとこう。
「俺的には不思議だけどそんなに気が合うなんて運命なんじゃない?翔さん、いい人だよ。」
良かったな運命の人に出逢えて!ってニヤニヤするニノに肩パンして、ドキドキする胸を抑えて椅子を引き直した。
*
あれから電車の中でも姿を見なかったけど、あぁそっか。3年生はもう登校しなくていい時期に入ってる。そう思うとますます運命的な物を感じずにはいられない。あの電車でのきっかけが無かったら先輩とは話すこともなく卒業していた。
メールは主に先輩の方から。
《 甘いもの好き? 》
俺大好きなんだけど男だけじゃ行きにくいって。唐突に。それでもおれは興奮して立ち上がった。だって、甘いもの、だいすき。無類の甘党と言っても過言ではない。購買で買うパンだって、全部菓子パン。周りはおかしいって言うけど。 そのままの勢いで返信して、次の休みに話題のスイーツを食べに行く約束をした。
「お前良かったなマジで。」
「え、何が?」
やっぱりそれもニノに報告すると、そんな返事が返ってくる。
「だって翔さん、本当は県外の大学行く予定だったんだから。ギリギリで志望校変えたから地元に残るけど。」
「え、そうなの!?」
「頭良いから一緒の大学行きたいならまぁ勉強頑張れ。」
どうしよ、ニヤニヤが止まらない。だって、本当に運命でしょ?先輩の最後の登校日に出逢って、話も食の好みもこんなに合って。地元を離れないなら…ほら。もし、付き合っても…
「ニヤニヤしすぎ。」
「えへへっ。」
「うわっ、もう隠しもしないな。ま、オシアワセニー」
棒読みのニノの頭を撫でると、きもちわるって振りはらわれる。きっとこれから先輩と付き合って…成人して…そうなれたらニノも含めて飲み会なんかしちゃったり?あー、だめだめ!出たよ妄想しいのロマンチスト。
とにかく次の休みが楽しみ。
櫻井先輩とのこれからが、楽しみ!!!
「相葉さん、また占いのページ見てメソメソしてんの。笑」
ニノと松潤の会話に出てきた"相葉"という単語にピクリと耳が反応する。
「相葉くん面白いよね。占い好きとか可愛い所あるのに、毎週恥を捨ててワンピース立ち読みしてるんだから。敵がかっこいいとか言って。」
「そうそう、この前なんかコンビニで泣きそうになったとか言ってー。」
"占い" "漫画"
頭の中のメモにそう追加する。何となくの性格と、購買で見た統計結果で甘いもの好きだということは分かってる。最後の最後に良い情報をありがとう。
「てか翔くん、何で大学変えたの?」
「ん?嫌なの?俺がこっち残るの。」
松潤が、いやそうじゃなくて!って狼狽えてまた話が脱線していくからホッと胸を撫で下ろした。携帯のカレンダーを見つめる。
(今あの漫画って何巻まで出てんだろ。)
「あーあ。もう後1週間で翔さんが学校来なくなっちゃいますね。」
「寂しい?」
「そりゃあ寂しいですよ。大学行ってもつるみましょうね。」
「分かってる分かってる。」
結局翔くんの浮いた話1つもなかったなーってぼやく彼らに思わず吹き出した。
*
登校最終日の駅のホーム。前から3両目。
1週間寝不足で読んだ漫画のネタを頭に叩き込んで、
スマホのケースを付け替えて。
何度も頭の中でシミュレーションを繰り返す。
プシューと開いたドアを跨げば、いつものようにうつらうつらと眠りの船を漕いでいる君の姿が目に映る。
ゆっくりと足を進め、君の目の前の吊革を掴んだ。
fin