母は、8月20日、午後4時35分、永遠の眠りにつきました。
通夜、火葬、葬儀を終わらせ、やっと今日落ち着きました。
ほんの3日前まで母は生きていたのに、今は祭壇に飾られた写真と骨になり
お経をあげられお線香をたかれている。
この状況についていけていない自分がいます。
先週の金曜に意思疎通(言葉は交わせませんでしたが)ができて以来
意識不明の状態で土曜、日曜と過ごし、週末は越えられないと思われて
いたのに月曜の朝を迎えることができました。
母は、なんとなく週末ごとに容態が悪くなるので、亡くなるのであれば
週末かと思っていたのですが、なんとか乗り切りました。
家族全員の病院の宿泊も5日目、交代で母と同室で寝ていたので
日曜の夜は父の担当でした。
私と妹は家族室で就寝していましたが、明け方「呼吸が変わってきている」
父の呼び出しで全員母のもとへ。午前5時でした。
一見、「そんなに変わっていないんじゃないか?」と思いました。
若干呼吸が不規則に早くなったりするぐらいでした。
ただ、変化していることには変わりないので、予断を許さない状況と
いうことで、父、妹とともに母のもとで過ごしました。
緩和ケア病棟は家と病院の中間のようなもの。
その話の通り、ソファもありある程度広い病室の中は、
1階なのでそのまま外に出られる大きな窓と
そこから見える緑と大きな空。
水場もある。そして、患者さんに血圧や脈拍の測定器をつけず
自然なままでベッドに寝る、患者さんにも家族にも優しい病棟です。
朝から備え付けのTVをつけ、その日は高校野球を家族で見ながら
(母は見れていないけれど)和やかな雰囲気で、母の様子を見守り
ました。
母の手はなるべく誰かがいつも握っていました。
母は、そんな状況の中、呼吸も落ち着き、すやすやと
本当に眠っているようでした。
きっと私たちの自然な雰囲気と、見守られている感覚とで
安心したのかもしれません。
いつも夜よりも家族が近くにいる昼間のほうが安定しているんです。
「4人で家族旅行しているようだね」
誰かがいいました。
緩和ケア病棟に家族全員で泊まり込んでから5日。
確かに家族旅行のような、温かい、穏やかな空気。
なんにもせず、ただ部屋にいる。
そんな幸せな時間が過ぎていきました。
意識がなくてもママを交えて、話をしあっていました。
そんな状態で時を過ごし、午後2時を過ぎたころ。
母の呼吸がまた変わりました。
下顎呼吸と言うものだと思います。
下あごを上下に動かすようになり、その反動で空気を出し入れしているようでした。
私もがん患者を家族に持っている身なので、最後にどのようになるか、
調べていたつもりです。
とうとう最後のときだ。
そう理解しました。
父も医者。何人もそういう人を見ています。
「最後はこうなるんだよ」
そういいました。
3人はいっそう母の近くにより、私と妹は母の手を握りなおしました。
かたずをのんで見守ること数十分。
少し緊張の糸が途切れ母の呼吸がそのまま続いていることにまた
安心しはじめました。
朝5時からいよいよと言われ、もっと言うと木曜日ごろに意識がなくなってから
ずっと張りつめたままの状態だったので、多少のことではもう
動揺しなくなっている自分たちがいました。
けれどいよいよ近づいていることは確かでした。
でも、家にいるラスティ(犬)のお散歩の時間が迫っていました。
ここ何日も家に帰るのは、ラスティのお散歩の時間だけ。
その時間以外はずっと放っておいているので、さすがに
帰れないわけにいかず、父が家にいったん帰ることになりました。
このまま長引いて、万一今日も病院へ泊まることになったら、
また相応の準備をしてこなければいけない。
毎日、夕方に犬の散歩、戸締り、シャワー、着替えだけを
短時間で済ませ、また病院に戻る生活だったので、
その日もそのために帰ったのです。
4時すぎのことでした。
パパが出かけたとき、少し呼吸の間隔が開いてきたことに
気づきました。そして気づけば息も、ほとんど空気の入れ替えは
できていないような、小さい浅い呼吸になっていました。
私と妹は、二人で両サイドで手を握りながら話をしつつママのそばに
いました。
すると、今まで動くことのなかった母の黒目が、右にある西側の窓のほうに
はっきりと動いたんです。
「ママの目が動いたね、何を見てるの?」
二人でママの向いている方向にある窓を見ました。
「光が見える」
妹が言いました。
「え、どこ?」私が言いました。
「もう見えない。なんだったんだろうね」
妹がいい、そういっている間にママの目が元の位置に戻りました。
その瞬間、呼吸が静かに止まりました。
これまで何度かあったように、呼吸の感覚が長くなったのかと思いました。
この時点で、パパに電話しました。「すぐ行く」パパが言いました。
そのままママの呼吸はしばらく止まったままになり、
その後、2回、目をぎゅっとつぶりました。
それが呼吸だったのかはわからなかったのですが、最後に息を吐ききるのですと
看護師さんが言ったので、最後にほとんど残っていない息を
吐いたのだと思います。
そして顎が戻って口が閉じ、それが、ママの最後の動きとなりました。
しばらく私も妹も、「呼吸、止まった?また呼吸し始めるかな?」
少し様子を見たのですが、止まったままだったので、
ナースコールをしました。
「ああ、先生を呼びますね」
静かに言ったのを聞いて、私たちはこれが臨終なのだとわかりました。
本当に、本当に、
静かな静かな死でした。
まったくと言っていいほど、苦しむ様子はありませんでした。
ろうそくの火が尽きるように、少しずつ、何の抵抗もなく弱まって行き
最後に消えた。
そんな感じの最期でした。
父が到着したころには完全に亡くなっていましたが
あれだけ一緒にいたのだから、父も悔いてはいない様子でした。
家族全員、やりきった感じでした。
終わることが避けられなかったことを考えると、
一番いい終わり方だったのだと思います。
また、その後のことなどをつづりたいと思います。