2年前の今日、東日本大地震災害の日を昨日の図録(ことのように)記憶している。
確かに金曜日で荷物には行かない日だったから、友人と電話で雑談していた。
テレビが付いていたので時々刻々入ってくる津波の状況を見ながら
「すごくなりましたね~」とテレビを見ながら話した。
友人は仙台(仙台)に友人がいるので悲壮だった。
その日から2年.
私自身の生活は何も変わらないできわめて平凡に万事のんきに生活しているけれど…
今でもすごい生活をしなければならなくなっている皆さん(あちこち)が多くの人.
肉親、分かる間(人)を死別して心にふわっと穴があけられたチェ側、
再び立ち上がろうと必死に地団駄を踏んで苦しんでいる方、
すでに、その気力さえもなくて単にその日その日を送られている高齢側
今モッズ~と支援の手を伸びているボランティアの皆さん(あちこち)には本当に頭が下がる考えでいっぱいです。
率直に話せば…私は自身にできる額の募金をした以外何もしなくなっている。
普段は地震災害が頭を過ぎ去るのも殆どないが…
TVでの報道をミルドにその日の津波が集まる畑の中(中)を車が必然て走るのを「はやく~~はやく逃げて~!! 後か
ハーフのJKですけど何か?