あの日から一ヶ月が過ぎた。
俺は営業へ配属され忙しい日々を過ごしていた。
雪さんも出張で相変わらず忙しそうだ。時々メールをしては本や映画・音楽など他愛もない話だがそれだけで充分楽しい。繋がっている実感が安心感と幸福感を与える。何度か食事をしようと計画するが、その度にそれぞれの都合で会えない日々が続いていた。
会えなくても不安はない。
会えないからこそお互いを知ろうと優しくなれる。相手を心配する些細な言葉もその一つだ。きっと他の人がこの様子を見ていれば恋人と誤解するかもしれない。いや、僕たちはまるで遠距離恋愛をしている恋人のようだった。
お互いを思い合う恋人のように。
自分よりも相手を気にかける。
そんな心地いい関係だ。
あれから雪さんの友達は何も言ってこない。
あの言葉が伝わったのか。もし連絡があればいつでも会うつもりでいた。だが彼女からその話は出てこない。どうやら、うまく収まったようだ。
あの日の事を雪さんは気がついていない。知ったところできっと彼女たちの関係は何も変わらないだろう。誰にも割って入ることの出来ない絆。そんな信頼感が二人の間にはあるように感じたからだ。
デスクの上を片付け腕時計を見る。
雪さんは今福岡だ。明日帰ってくる。昼に送ったメールが珍しく半日経っても返信がない。もう夕方だ。
少し心配になり、再度メールを送ってみる。すぐに既読がついた。
そしてメールが届く。
:ごめんなさい。メール今気がついたの。実は朝から頭痛がして今日はずっとホテルで寝ていたの。でも熱はないから心配しないで。
俺は急いでメールを打つ。
:大丈夫ですか?明日何時の便ですか?迎えに行きましょうか?
:いいえ、お昼の便だから。大丈夫、咳もないし。ほんと頭痛だけなの。
:わかりました。気をつけて帰って来てください。何かあったら、僕に連絡してください。
:ありがとう。
心配だった。
だが新入社員の俺はこの時期、急に休みを取るのは難しい。仕方ない、明日またメールしよう。そう決めて足早に帰宅についた。
>>>>>
座席下からバックとお土産袋を取り出す。
金曜日の昼の便だからか機内は静かだった。飛行中はぐっすり寝れた。でも、まだ瞼が重い。エスカレーターの手すりに体重を寄せる。長いその先の出口にウトウトしてくる。このまま立って寝てしまいそう。。
回転台からスーツケースを見つけだし、番号の確認をする。疲れが一気に出てきた。熱があるような気だるささえしてくる。
まさか、違うわよね。
だが電車に乗る気力はなかった。
スーツケースを引きながら、タクシー乗り場へ向かう。荷物を運転手さんにお願いしてシートに身を委ねる。車が動きだし、ぼーっと外を見ていた。
「お客さん、着きましたよ」
運転手さんに声をかけられハッと目を開ける。どうやら寝てしまっていた。
「すいません、これでお願いします。領収証もお願いします。」
私はタクシーを降りた。やっぱり熱が上がってきている。スーツケースを引っ張る手に力が入らない。
ドアの鍵を開け、スーツケースを玄関へ置いたまま寝室へ歩いていく。
ふわふわのベットへ倒れ込む。
あーぁ気持ちいい。。
そのまま寝てしまいそうだった。
その時、携帯がブルブルと鳴った。
私は手をのばし画面を見ずに電話に出る。
: 雪?帰ってきたの、どう頭痛は?
千佳からの電話だった。
:うん、今帰ってきた。頭痛いし熱が出てきてるかも。
:えー、、今日に限って葵ちゃんもいないでしょう。私も実家だし。大丈夫なの?
:うん、少し寝れば大丈夫だと思う。
:すぐ食べれる物ある?あと薬もあるの?
:うん、あると思うから大丈夫。
:本当に?
千佳は信じていないようだった。それもそのはずだ、自分でも信じられなかった。それぐらいに朦朧としていて頭が働いていない。
:ねぇ、誰かそっちに行かせるから、ちゃんとした格好して寝てね。わかった?スーツのまま寝ないのよ!あとで後悔するわよ。
まるでわたしの行動を見透かしているかのように念を押す。
:うん、わかった
:じゃ、切るね
:うん
私は電話を切る。そのまま寝てしまいたい。。
千佳の言葉を思い出す。「誰か行かせるからね」「あとで後悔するわよ」って言ったような・・・わたしは最後の力を振り絞って立ち上がる。
一体誰がくるんだろう。。。
ぼーっとしながら、着替えをする。
冷蔵庫から水を取り出しベットの横へ置く。布団の中に足を入れ肩まで被る。寒さが何倍にも増して襲ってくるのを感じながらも、
そのまま眠りに落ちていった。
>>>>>
書類を見てパソコンを打つ。少しぬるくなったコーヒーを飲みながら、残りの仕事の段取りを素早く頭の中で優劣をつける。
急に携帯が鳴った。
知らない番号だ。
席を外し電話に出た。
「ユイ君?わたし千佳だけど」千佳さんからだ。
「あっ千佳さん!どうしたんですか?」俺は驚く。
「陸君から電話番号聞いたの。
実は雪のことなんだけど。出張から帰ってきてどうやら熱が出てるらしいの。わたし今千葉の実家なのよ。早くても明日の朝にしか戻れない。だから朝まで雪のことお願いできないかしら。本当は会社のこともあるから、こんなことお願いするのはどうかと思ったんだけど。でも今雪が側にいて欲しいのはきっとユイ君だと思うから。」
俺はすぐに答える。
「わかりました。大丈夫です、今日は定時に上がれますから。それより僕が行って大丈夫ですか?」
「えぇ、雪には誰か行かせると言ってあるから大丈夫よ。あとで住所送るわね。それから、管理人さんに連絡しておくから、鍵をもらってね。名前を言えばわかるようにしておくわ。雪のことお願い。朝にはそっちに着くと思うから、それまで宜しくね。」
「わかりました。何かあれば千佳さんに連絡します」
電話を切る。
俺は急いで席に戻り残りの仕事に集中した。
>>>>>
スーパーに寄って食べ物と薬を買う。
:たぶん、雪のことだから薬も飲まないで寝ていると思うの。だから、悪いんだけど買い物もお願いできる?
飲み物も氷も買ったし、これで大丈夫だろう。マンションへ向かう。
管理人室へ行き、部屋番号と名前を言う。
「あぁ、聞いてるよ。待っててくれ、今鍵をとってくるから」そう言って管理人さんは奥へ行く。
「はい、これ」
「ありがとうございます」
手にしたのはイチゴのキーホルダーの付いた鍵。不思議に思ったが、今はそれどころじゃない。エレベーターに乗りボタンを押す。雪さんは寝ているのだろうか。部屋番号を確認し鍵を差し込む。
『カチャ』
大きな音が廊下に響く。
ゆっくりとドアを開けた。
玄関にはスーツケースがそのまま置いてあった。かなり具合が悪そうだ。スーツケースを持って俺はまっすく歩いて行く。
電気をつけ、冷蔵庫に食べ物を入れる。冷蔵庫の中は綺麗に整頓されていた。料理をよくするのだろう。。切った野菜の入った容器が綺麗に並んでいる。
:流しの下にボールがあるから。
テレビの右の引き出しには体温計があるし。雪の部屋は右側。左の部屋は入らないでね。トイレは玄関の右、左はお風呂場よ。
千佳さんからの詳しいメールで助かった。よく来てるのだろう。ボールに氷を入れタオルを濡らす。薬と水を用意する。お粥をレンジで温める。もうすることがなかった。
右のドアの前へ行き、軽くノックをしてみる。
返事はない。
寝ているのだろう。
ドアをゆっくりと開ける。
白い壁に白の家具、鏡台には何も出ていない。。ペットボトルがベットの横に置いてあった。でも水を飲んだ様子はない。そのまま寝てしまったようだ。
俺はベットへ近づき、声をかける
「雪さん?」
雪さんは反対側を向いて寝ていた。
俺はもう一度、今度は少し大きな声をかける
「雪さん。」
「ん・・・」
気がついたようだったが、またそのまま寝てしまった。
俺は雪さんの額に体温計を当てる。ピピっと音が鳴り見ると38・5度だった。薬を飲ませなくては。彼女の肩に手を置いてもう一度声をかける。
「雪さん、ユイです。大丈夫ですか?」
今度は聞こえたようだ。
ゆっくりとこちらに首を動かし、うっすら目を開けた。
「ゆぃくん・・」
小さな声で呟いて俺をみる。どうやら気がついたようだ。でも、体は動かないままだ。
「大丈夫ですか?千佳さんから電話ありました。熱があるので薬を飲んで欲しいんですが、お粥少し食べれますか?」
雪さんは、声を出さずに頷ずく。ベットの横に座り優しく抱き起こす。彼女はされるがまま俺にもたれる。マグカップに入れたお粥とスプーンを手渡す。少しずつ食べ始める。しっかり肩を支える。雪さんはカップを持つのがやっとだった。
頬が真っ赤だ。
熱のせいで、どうやら朦朧としているようだ。半分のお粥を時間をかけて食べた後、薬を飲んだ。俺に寄り掛かったまましばらく座っていた。彼女は何もいわない。体中の熱が伝わってくる。
鼓動を感じる。
安心したかのように彼女は目を閉じる。徐々に全身の力を抜いていくのがわかる。ずり落ちそうになる肩をしっかりと受け止める。俺のTシャツを反射的に掴む彼女。ゆっくりと滑り落ちていくその真っ白な手を受け止め、その冷たさに驚く。
頭を支えながら長い髪を左へ寄せる。体を倒し、その小さな手を優しく握り布団の中へいれた。
彼女の吐息が聞こえる・・・
前髪をすくい耳へかける。
長いまつ毛と通った鼻すじ。そして愛らしい唇。
鼓動が早くなり俺は慌てる。
彼女はそのまま夢の中へ戻っていった。
>>>>>
食器を洗い、カップを拭く。
ネクタイを緩め、時計を見ると九時過ぎだった。洗面所で顔を洗う。買って来たTシャツに着替える。
:タオルはお風呂場にあるわ。
今日は帰れないだろうから、シャワー使っていいからね!気にしないで使いなさいよ。朝起きて汗臭いと雪に嫌われるわよ。
千佳さんのメールに思わず笑ってしまった。だが、さすがにシャワーは借りれない。とりあえず、Tシャツに着替えれば大丈夫だろう。
キッチンで買ってきた弁当を食べる。
部屋を見渡すと、隅々まで綺麗に片付いていた。俺は微笑んだ。想像通りの部屋だったからだ。袋にお弁当を入れ、さらに別の袋に入れてゴミ箱へ捨てる。
彼女の部屋へ行き、額に体温計を当てる。38・4度、変わらない。タオルを絞りそーっと額にのせる。しばらくは起きないだろう。呼吸は穏やかだが顔が赤い。右手で雪さんの頬を軽く触る。頬は焼けるように熱い。俺の手が冷たいからか・・そんなことを考えながら離れようとしたその時、彼女が手を掴んだ。
俺は驚く。
彼女は目は閉じたままだった。寝ぼけているのだろうか。だが、その予想に反して、今度は両手で俺の腕を抱きしめてきた。突然の出来事に対応できず体制を崩す。
「わっ、、ぁ」
目の前に彼女の顔があり驚きを隠せない!!
「雪さん!」
思わず叫ぶ。
彼女はゆっくりと目を開けたかと思うと、更に強く腕を引っ張った!
俺はそのまま彼女の上へ倒れこむ。思わずまくらの左側に手をつく。かろうじで体を支えていた。彼女の力は強い。
ピンク色に染まった唇がそこにある。
目がくらみそうな出来事に俺は硬直していた。
すると、
「お水・・・」
彼女は小さな声でつぶやき、腕をパッと離す。俺の鼓動は破裂しそうだ。
グラスに水を入れる。抱き起すように背中を支える。俺の手に重ねるように手を添えてそのまま水を飲んだ。彼女の手はとても熱かった。半分ほど飲んで彼女がこちらを見る。
「寝るまでいて・・」
振り絞るように言う。
俺は頷く。
彼女を寝かせベットの脇に腰掛ける。
彼女は目を開け、確認するように俺の顔を見てゆっくりと目を閉じた。
しばらくして、彼女の寝息が聞こえ始めた。俺は体温計を額に当てる。37.8度だった。下がり始めたようだ。少しホッとした。布団を肩まで掛け頬に手を当てる。赤みはあるがさっきより熱くない。ゆっくりと手を離す。彼女は寝たままだ。
部屋の戸を少し開けたままにし、居間へ戻る。俺はソファーへ腰掛けた。全身の力が抜けたのか、疲れがどっと押し寄せてきた。マスクを外す。息苦しさからも解放され、更に疲れが増す。思い出していた。彼女が抱きしめた時の感触がまだ腕に残っている。また鼓動が早くなってきた。
俺はキッチンへ行き、上着から携帯を取り出し千佳さんへメールを送る。買ってきたペットボトルのお茶を飲みほす。フーッと息を吐きソファーへ横になった。しばらく起きないだろうから、少しだけ仮眠しよう。
俺は目を閉じた。
>>>>>
味噌汁の香りで目が覚める。外は少し明るくなり始めていた。
俺は飛び起きてキッチンを見る。
「おはよう!」
そこには・・・千佳さんが立っていた。
俺は驚いて声も出ない。
それを見て、千佳さんは笑う。
「私の家、実は隣なの。雪と私はお互いの家の鍵を持っているから。」
なるほど・・・
「そうなんですね、おはようございます。いつ戻ったんですか?」
「早朝に戻ったの。ほら!朝ごはんの準備できてるから顔を洗ってから食べて。雪は熱下がっているから大丈夫よ。起きたら検査へ連れて行くから。」
「じゃ、俺も付き添います。車、運転します」
「んー、でも3人で行くのも良くないと思うし。それに熱の下がった雪は、ユイ君に会うの恥ずかしいと思うの。だから、連絡するわ」
俺は昨日の出来事を思い出した。
「わかりました。じゃ、帰って連絡待ってます。それから今日のセミナー欠席の連絡入れておきますね」
「そうしてくれると助かるわ。本当に昨日はありがとう!今度、雪に美味しい物をご馳走してもらってね」
と千佳さんはいたずらぽく言う。
俺は苦笑いしながら歯ブラシを受け取り洗面所へ行った。
朝食を食べ終え、雪さんに会うことなく家を出た。
>>>>>
次の日、千佳さんからメールがきた。
結果は陰性だったようだ。ホッとした。雪さんは昨日の夕方からまた熱が出ていて、今はまだ寝ているらしい。大丈夫だろうか?少し心配だったが、千佳さんがいるので安心していた。
チャイムが鳴った。玄関へ行くと陸が立っていた。中に入りソファーに座る。
「雪さんどうだって?」
「陰性だったから大丈夫だ」
「そうか、よかったな。それで、雪さんちはどうだったんだ?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
「どうって、普通だよ」
「でたよ。お前の普通は普通じゃ無いって事ぐらいわかってるんだからな。で、どうだったんだよ」
「普通の家だ」
「はぁー、つまんねー。いいじゃん、ちょっと教えてくれたって。」
俺は話を遮り、
「それより、雪さんと千佳さん隣同士って知ってたか?」
「あぁ。知ってるよ、なんで?お前知らなかったのか?」
陸は驚いた顔で俺に聞く。
「あぁ、昨日知った。」
「じゃさ、千佳さん4人暮らしなのも知らないだろ?」
「そうなのか?」
「うん、子供が二人いるんだって」
今度は俺が驚いた。
「知らなかった」
「お前の番号教えた時に俺も初めて聞いたんだ。まさか子供がいるなんて思わなかったからさ」
「お前大丈夫か?」
「なんで?」
「いや、なんでもない」
俺は、陸が千佳さんとランチへ行って買い物したり、映画を観に行ったりしてるのを聞いていた。少なからず陸の方は、千佳さんに友人以上の感情があるように俺には思えたからだ。
「そういえば、今度鍋でもしようって言ってたよ」
「それ大丈夫なのか?」
「まあ、千佳さんがいうんだから大丈夫なんだと思うよ」
「そーなのか」
「大丈夫だよ」
俺は、陸の心境を思うと複雑な気持ちになる。
「ところでさ、もう一つ驚く話があるんだ。実は雪さんバツイチなんだって。結婚して一ヶ月ぐらいの時旦那さんを交通事故で亡くしたらしい。子供はいなかったって」
俺は驚く。そんなことがあったなんて…彼女は昔の話をしようとしない。だからあえて聞こうとも思わなかった。
「そうなのか。これ、聞いていい話なのか?」
「うーん、俺に話したってことはユイにも知って欲しいんだと思うよ」
確かにそうかもしれない。雪さんへの優しさだ。自分から言えないからと。前に、千佳さんが言っていた言葉を思い出した。
『見えるものが全てではないから。見えないものが見えてしまった時、果たして君は目の前から逃げずにいられるのか。』
これが、その答えなのか?
いや、きっと違う。
それならあんな忠告はしないだろう。きっともっと何かあるはずだ。何が隠れているのか、今の俺には想像もつかなかった。いつか知るであろうその真実を俺は受け止められるのだろうか?
>>>>>
「ママ、ご飯できたよ」
私はベットから出てキッチンへ歩いてく。
「ありがとう。」
「もう大丈夫?」
「うん大丈夫。熱も下がったし」
「よかった。私帰ってこようかって言ったら、千佳姉ちゃんが大丈夫っていうから安心してたら、千佳姉ちゃん千葉に帰っていたんでしょう。大丈夫だったの?」
私は咳き込む。
「うん、大丈夫だったよ、一人でそのくらいできるわよ」
「ふーん、そうなんだ。一人でね。。ゴミ箱にね、お弁当が捨てられていたの。ママ食べたの?」
私は冷静を装い平然と答える。
「そうよ」
「そっかー、薬も買いに行ったの?」
「うん、そうよ」
「冷蔵庫に食べ物いっぱい入ってるんだけど、あれも買ってきたの」
えっ、きっとユイ君だわ。
「そうよ、なんで?」
「ママが高いからって買わなかったヨーグルトが入っているし、果物もいっぱいなんだけど?」
私は慌てて冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫には果物やヨーグルト、プリンなど私が普段買ったことのないメーカーも入っていた。ゆっくりと冷蔵庫を閉めて葵を見る
「それにねお弁当、わざわざ二重に袋に入れて捨ててあったのよねー。千佳姉ちゃんだってそんなことしないし」
私は黙ったまま葵の様子を伺う。
「それから、脱衣所のタオルの上にネクタイが置いてあったんだけど、あれ誰の?」
終わった・・・完全に完敗だ。
「ねぇ、ママ。私がママの知らない人と家に一緒にいたら嫌じゃん?私も逆は嫌なんだ。でも、ママだって恋していいと思うよ、それどころか私応援するから。ただ隠されるとなんだか悲しいよ」
私はため息をついた。
ゆっくりと息吸い込み話し始める
「実はね、友達が心配してきて来てくれたの。付き合ってないし、本当に友達だから。でも、隠していたことは謝るね。ごめんね。」
「そうなんだ、じゃ私もごめんね。先に謝っておくね。実は千佳姉ちゃんからその人のこと聞いていたんだ。ママにいい感じの人がいるって、それ聞いて私喜んだんだよ。でもママは中々言ってくれないし。今日こそは話してくれるかと思ったら、隠すんだもん。」
私は椅子に座って葵を見る。
「彼はねいい人ですごく気が合うの。一緒にいると安心できるし楽しいのは確かよ。これからも、友達でいて欲しいと思ってる。でもママにとっては葵が一番大切だから葵が嫌なことは絶対にしないわ」
「わかった、じゃあこれからはちゃんと話してね。私ね、ママに恋人がいてもいいと思ってるんだ。普通に恋して幸せになって欲しいから。そしたら安心できるし、わたしも彼氏作ろうかな」
葵は笑って言った。
私の目は涙でいっぱいだった。
「そうね、わかった。次から隠し事はしないわ。それからママも頑張るから。葵も素敵な王子様が現れるといいね」
「それがねママ!今どき王子様って現れないんだよ。
今はネットで探す時代よ。だから、誰にも取られないように急いで探さなきゃいけないの!」
私は笑った。葵も笑っていた。
いつの間にか、娘が成長していたことに気がつかなかった。彼女は女性へと変わろうとしている。私も母親から少しずつ女性へ戻ってもいいのだろうか。
たくさんのシールドを身に纏っている私はにとって、娘の言葉が最初の1枚を壊した瞬間だったのかもしれない。
この出来事をいつか思い出す日が来るとしたら、その時私の隣にいるのは一体誰なのだろう。
>>>>>
陸が帰り、パソコンを打っていると携帯が鳴った。
雪さんからだ。
:こんばんは、金曜日はありがとう。もう熱も下がりました。ゆい君のお陰です。冷蔵庫にたくさん食べ物が入っていて驚きました。気を使わせてしまってごめんなさい。風邪移ってないですか?心配でメールしました。大丈夫ですか?
どうやら熱も下がって、俺の心配もするぐらいに回復したようだ。よかった。
直ぐにメールを送る。
:大丈夫です。心配しないでください。
雪さんの好みがわからなかったので買いすぎてしまました。食べて治してください。あの、そちらに忘れ物してませんか?
:ありますネクタイ!次回会った時に持って行きます。本当にありがとう。お休みなさい。
:すいません、よろしくお願いします!おやすみなさい。
タクシーかもと思ったが、やっぱり家に忘れていたんだな。雪さんはあの日のことを覚えていないようだ。俺はホッとした。もし彼女が覚えていたら、近くなった距離が元に戻ってしまうのではないかと心配だったからだ。
だが、それよりも気になることがあった。
陸が言っていた話だ。
交通事故だなんて、一体何があったんだろう。結婚してすぐか・・・。
俺は考えていた。
どうやら調べてみる必要がありそうだ。
次回、『優しいストーカー』
添付・複写コピー・模倣行為のないようにご協力お願いします。毎週金曜日連載予定。
誤字脱字ないように気をつけていますが、行き届かない点はご了承ください。
第8話こちらです