社員証をかざしゲートを通る。

 

 

 

 

エレベーター前には社員がその順番を待っていた。後ろへ並ぶ。皆、私を見て何か話しているような感じがする。なんだろう?少し気になったが、いつも通りエレベーターへ乗り込んだ。

 

エレベーターを降りて席へ歩いていく。

 

 

 

 

 

「おはようございます!!」

 

 

「おはよう!」

 

 

 

 

 

 

いつものように後輩たちが挨拶してくる。前から同期の村井君が近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、上原課長、おはようさーん!」

 

ニコニコとご機嫌のように見える。

 

 

 

 

「おはよう、村井課長」

 

なぜか嫌な予感がする。

 

 

 

 

「なぁ、変な視線感じないか?」

 

「えぇ、そうね。何があったの?」

 

「それはこっちが聞きたいよ」

 

「なんで?」

 

 

 

 

 

 

首をかしげて眉を細める。彼は何か言いたくて仕方ない様子だ。急に雲行きが怪しくなってきたのを感じた。

 

 

 

「じゃあさ聞くけど、昨日の帰りのイケメン君は誰ですか?もうこの話題で昨日から会社の裏アカは炎上してるぞ。」

 

 

 

やっぱり、この話なのね。思っていたとおりだわ。

 

 

 

 

 

 

「裏アカ??そんなのあるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて知った。うちの会社にもあるなんて知らなかった。それよりも、もう噂になってるなんて・・ため息がでる。

 

 

 

「その話はいいよ、」

 

バッサリ遮る。

 

 

 

「それより、そのイケメンは誰だよ?俺の知ってる人ではないよな?噂では、二堂物産の社章を付けてたって話だぞ。しかも長身で若いって女の子達が騒いでるし。一流企業の男なんてどこで見つけてきたんだよ。あーぁ、昨日泣いた男が千人はいるぞ。」

 

 

 

 

両腕を前に組みにやけ顔で更に何か言いたげ。私は慌てて遮る。

 

 

「何馬鹿なこと言ってるのよ!」

 

 

 

 

「マジだよ、今頃会社の男子トイレは泣いてる男でいっぱいさ」

 

 

「バカバカしい、全くくだらない冗談はやめて。さぁ、デスクに戻ってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の腕を押して移動させようとする。その態度に不満だったようで片足を一歩下げた状態で止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、答えないのか?俺の立場が・・・みんな俺の答えを待っているのに・・」

 

 

 

 

 

 

 

そんなの知らないわよ!私は心で叫ぶ。ここで止めないと永遠とこの話は終わらない。更に強引に腕を押す。方向転換を余儀なくされたその肩をポンポンと叩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、さっさと戻る!私忙しいんだから」

 

さらに彼の背中を押す。

 

 

 

「なんだよ・・」と小さくつぶやいて、がっかりした様子で戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

その日は、誰もが私に何かを聞きたそうな目でみてきた。数名の上司にも聞かれたが上手くはぐらかした。しばらくは、この視線に耐えないといけないと思うと気分が滅いる。

 

 

 

 

 

 

午前中が過ぎ12時を回っていた。

 

「雪、お昼行こうよ」

 

隣の部署の杏子が声をかけてきた。

 

 

 

 

「うん、行こう」

 

財布と携帯を手に歩き出す。

 

 

 

「ねぇ、噂になってるよ」

 

なんか怒ってる?

 

 

 

「知ってる、朝から視線が痛くて。なんでこうなったのか」

 

 

 

「会社前でイチャイチャしてるからよ、目立ちすぎ。写真もいっぱい載ってるし。どうするの君?」

 

 

 

「イチャイチャなんてしないよ。やだ杏子どうしよう」

 

「どうしようじゃないよ。まったく。それで誰、あの男?君の彼氏?」

 

 

 

 

 

 

 

うわー、杏子が怒ってる。私は焦る。杏子は怒ると私の事を君って呼ぶ。同期の彼女はボーイッシュタイプで、後輩や女の子からとにかくモテる。

 

 

 

 

 

 

「彼氏でなくて友達だよ」

 

 

 

 

 

 

「ふーん、でも会社まで来るなんて、ないな。」

 

「違うよ、雨降ったから迎えにきてくれただけ」

 

 

なぜか彼をかばっていた。それが更に不信感を仰ぐ。しまった。じーっとこっちを見ている。

 

 

 

 

 

「雪さ、そいつが好きなの?」

 

 

 

「えっ、なに?急に何言ってるのよ」

 

 

 

 

 

こっちを見透かすような目で見ている。目を逸らしたらダメ。ダメよ。我慢できなくなり瞬きをしてしまう。鼓動が早くなってきた。

 

 

 

 

 

「君がさ、男をなりふり構わず擁護するって仕事以外で初めてだよ。そいつ、気になってるでしょ」

 

 

 

 

 

探るように私の顔を見つめる。どうしよう。目を逸らしたら負けだわ。私の心が丸見えのようで目を大きく開いたまま動けない。否定しなきゃ。

 

 

 

 

 

 

「そんなことないよ」

 

 

「そうかな」

 

 

 

 

 

社食は徐々に混み始めてきていた。並ぶ列が2つから3つに増えた。最後尾がずっと向こう側だ。それに気づいた彼女は即座にメニューを決める。

 

 

 

「煮付け定食にしよ。雪は何にする?同じの?」

 

「うん」

 

 

 

 

 

迷わず返事をする。

何よりもこれ以上刺激したら何を質問されるかわからない。満足させる返事を言う自信がなかった。

 

前から後輩の峯岸君がこっちへ歩いて来る。

 

 

 

「あの上原課長、後で少し時間ありますか」

 

 

 

「えぇ」

 

 

 

 

 

 

 

何だろう?気になりながらも、その場は短く答える。

 

 

 

 

それを見ていた杏子が、立ち去ろうとした彼の腕に触れる。

 

 

 

 

「峯岸さん、昨日の男のことだったら何も答えないから無駄だよ。それに上司のプライベートに干渉する事は同義に反することだ。だから今の約束はなしでいいよね?」

 

 

 

 

彼女は大きな声でみんなにも聞こえるように言う。彼は少し驚き頷いた。私はホッとする。こういう時彼女以外頼れる人がいない。先をみこしたように皆を牽制してくれるから。

 

 

 

 

私は耳元で「ありがとう」囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

その後彼女が決まって私に冗談のように言う言葉がある「いいんだよ、ボクは雪の騎士だから」と。

 

 

でも今日は違った、

 

 

 

 

 

 

 

「その男に合わせて。」

 

 

 

 

 

 

「えっ??」

 

 

 

 

 

「なんで?」

 

 

 

「なんか気になるから」

 

 

何も言えなかった。彼女は前を歩いていき空いている席に座った。私は横に座る。その後、彼女は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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食事を終え食堂を出て私たちはエレベーターへ向かった。そこには峰岸君がいた。私たちに気がついて声をかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「杉浦先輩、どうでしたオレ?」

 

「まぁまぁだ」

 

「えーぇ、、完璧だったと思うけどなぁ」

 

 

「あれじゃぁ、六十点がいいところだよ」

 

「えぇー、先輩それ厳しすぎですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何を話しているんだろうか、私にはさっぱりわからない。さっきの険悪なムードはどこへ行ったのだろう。私の様子に気づいた彼女がこっちを向いた。

 

 

 

 

「さっきのは、お芝居だよ。周りが騒ぎすぎだから、このままではいつ収拾がつくか分からない。だから峯岸にお願いして一芝居打ってもらったんだ。感謝しないと」

 

 

 

 

私は驚いて彼を見る。恥ずかしそうに微笑んでこっちを見ていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、峯岸何が欲しいんだ?」

 

彼はうれしそうだ。

 

 

 

 

「じゃですね、上原課長とご飯食べに行きたいです」

 

「あーわかった。じゃぁ、後で幸に連絡させるから」

 

あっさりと了解する。

 

 

 

 

 

「じゃ、連絡待ってます」

 

 

 

 

 

嬉しそうにこちらを向いて微笑む。そしてエレベーターには乗らずどこかへ行ってしまった。私は呆気にとられて彼女を見る。

 

 

 

 

 

「今の、何の話?」

 

 

 

 

 

「だから、協力してくれた峯岸とご飯を食べに行くの。わかった?」

 

 

当たり前でしょと言わんばかりにこっちを見る。えっ、私が?そんなのって。。

 

 

 

 

 

「わかんないよーっなんでこうなるの!!」

 

 

 

 

私は杏子の腕を両手で揺すった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その日の夕方、私は彼の前に座っていた。会社の近くの中華店。個室で料理が次々と運ばれてくる。だけど彼は楽しそうじゃない。

 

 

「どうしてですか、なぜこんなことになっているんです。僕は上原課長と二人でご飯に行きたいって言ったのに」

 

 

 

 

「誰が二人でなんて言った?

ボクがそれを許可すると思うのか峯岸」

 

 

 

ゆっくりとエビを私のお皿に取り分けながら言う。杏子は仲のいい人や気を許した人の前でだけ、自分のことをボクと言う。

 

 

 

 

 

 

「それは、、、だってそうでしょう。こんなのないですよ。」

 

 

 

 

はんべそ顔だ。

何にせよ今回は相手が悪い。杏子だから。

 

 

 

 

「そう言うとこが交渉で不足してるんだよ、峯岸は。詰めが甘すぎるんだ、わかるか峯岸」

 

自分の皿にエビを入れ終え、彼女はテーブルを回す。

 

 

 

 

 

「ひどいですよぉ〜!」

 

回っているテーブルを止める

。ブツブツと言いながら自分の皿にエビを入れる。私は二人のやり取りに思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

何か言いたそうな顔で私を見る。

 

「上原課長笑わないでくださいよぉ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

と更に私を笑わせる。

 

結局、最後までずっとイジられぱなしで私は笑いが止まらなかった。この食事会で一番楽しかったのは私だったかもしれない。もしこれも二人の計画なら、私は心からありがとうと言いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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それから数日が経ち杏子は何も言ってこない。私は正直ホッとしていた。エレベータを待っていると彼女がきた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ」

 

「お疲れさま!」

 

「いつになった?」

 

「えっ、何が??」

 

驚きと困惑を隠せない。

 

 

 

 

「食事会だよ」

 

「なんの食事会?」

 

「あいつはいつがいいって?」

 

 

 

 

 

私の質問は無視して聞いてきた。やっぱりその話消えないのね。わかってはいたけど。

 

 

 

 

 

 

「本当に会うの?」

 

「うん、嘘ついてどうするの」

 

「だって、杏子知らないでしょう。彼だって杏子のこと知らないし。そもそも彼に説明できないもの」

 

私は困った顔で訴える。でも彼女はそんなのお構い無し。

 

「説明?友達紹介したいでいいでしょう。何でそんな顔するの」

うっ、これには反論できなかった。

 

 

 

「紹介できない理由でもあるわけ」

 

「ないけど・・・」

 

「じゃ、聞いてみてよ。それでダメならもう言わないから」

 

 

 

 

そんなの彼ならいいって言うに決まってる。私はもう諦める。わかったと返事をした。

 

 

 

 

:こんばんは、仕事どうですか?今きっと忙しいよね?実は私の会社の友達がユイ君に会いたいって言ってて、予定どうですか?あんまり無理しないでいいので。

 

 

 

私は送信ボタンを押した。お願い!忙しいって断ってほしい。3人で食事なんてあり得ないもの!この際無視してもいい!そこへピロンと携帯が鳴る私は恐る恐るメールを見る。

 

 

 

 

:こんばんは、金曜日ならどうにか都合がつきそうです。どうですか?

 

 

私はがっかりした。私の予想を裏切って話が動き出してしまった。もう止められない。私はメールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

:場所は後でメールします。

 

雪さんの短い返信を見て確信した。どうやら断った方が良かったようだ。俺は苦笑いする。じゃ、彼女の希望通りに近くなったら断ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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社内の噂は二人のお芝居により徐々に静まっていった。これも杏子のお陰だった。ユイ君からOKの返事をもらったことを伝えると杏子はわかったとだけ言った。

 

 

 

 

 

そして金曜日、

私は最後まで彼からの断りのメールを待っていた。

 

 

 

 

朝になってもメールはなく、泣く泣くお店の場所を送った。すると彼から急な仕事でいけなくなったと連絡がきた。私は飛び上がりたくなるほど喜んだ。良かった!あとは杏子にメールしなきゃ。私の気分はるんるんだった。そこへ杏子から、じゃ二人で行こうとメールがきた。まぁ、二人ならいいかと了解する。

 

 

 

 

「ねぇ、どこに行くの?」

 

「もう少しで着くから」

 

「こんな住宅街にあるなんて隠れ家的なお店?」

私は杏子に聞く。彼女はサラッと答える。

 

 

 

 

 

「私の家よ」

 

「えっ、家なの?」

私は驚いた。家なら家って言ってくれればいいのに・・・と思いつつも私は言えない。

 

 

 

「そうだよ、実家からたけのこが大量に送られて困ってるのよ」

 

「・・・」

 

「なんか作ってよ。雪、料理上手でしょ」

 

「前もって言ってくれれば、準備してきたのに」

 

「何準備するのよ、それにキャセル連絡あったの今日でしょ」

確かにそうだった。

 

 

 

「そうだね、でもたけのこってアク取りに時間かかるから今日は別のにしてもいい?私が作って持ってきてあげるから。」

 

「いいよ、でも買い物しないと材料ないかも」

 

「じゃ、スーパー寄ろうよ」

 

 

 

 

二人でスーパーへ向かう。杏子に調味料の確認をしながらメーニューを決める。一人暮らしだと普段使わない調味料を買っても捨てるだけになるから。玄関の鍵を開け電気をつけスリッパを用意してくれる。私はスリッパを履いて後を歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して広くはないが、綺麗だった。綺麗と言うか物のない質素な部屋だ。杏子らしいと私は笑った。

 

「凄く綺麗だね、杏子がこんなに綺麗好きだななんて初めて知ったよ」

 

「まぁ、散らかす理由がないだけよ」

 

「キッチン借りるね」

 

 

 

 

私は綺麗に掃除されてるキッチンを見て感心した。料理もしているようで、鍋が乾かされていた。

 

 

 

 

「私も手伝うよ」

 

「うん、じゃこれお願い」

手際のいい杏子のお陰で意外と早く出来上がった。

 

 

 

 

 

「ワイン飲もうよ」

 

「えー、でも私帰らないといけないし」

 

「タクシーで帰れば?半分だすから。泊まってもいいよ。歯ブラシとか用意してあるから」

 

 

 

 

 

私は驚く。用意してあるって彼氏用?彼女は男っ気がないからてっきりいないと思っていたんだけど。まさか彼氏じゃないとか・・・いや、考えないでおこう。

 

 

 

 

 

「わかった、じゃあ飲もうかな」

 

 

 

 

 

彼女は嬉しそうに食器棚からグラスを出す。赤ワインだった。

 

 

 

 

 

「雪は赤好きでしょう。」

私は驚く。

 

「なんでわかったの?」

 

「なーんとなくね」

 

 

 

 

 

と言って彼女は笑う。まさか、この一杯が悪魔のような出来事を引き起こしてたなんて知りもしない私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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やっと終わったな。

俺は時計を見る。もう十時だった。結局、今日は会えなかったな。雪さんはどうしたんだろう。気になりメールをする。片付けを済ませ会社を出る。駅へ着いた頃にメールが来た。どうやら、友達の家にいるようだった。メールの内容は楽しそうだ。俺はホッとした。家に着き、弁当をレンジで温める。テレビを見ながら、弁当を食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ねぇ、雪帰らないの?」

 

 

「うーん、眠たいよ。」

 

 

雪はうとうとしていた。ボクは雪の肩を揺すって起こす。

 

 

 

「帰らないで大丈夫?明日の予定は?」

 

 

 

「うーん、ないはず。大丈夫、連絡したから」

 

 

そう言ってまた目をつぶる。連絡って?家に?まぁいいや、泊まるなら大歓迎だし。何より嬉しかった。引き出しの奥から袋を取り出す。良かった。前に買っておいたパジャマだ。

 

 

 

「ねぇ、雪これに着替えて」

 

 

 

 

 

 

パジャマを手渡す。雪は脱衣所に行き、歯磨きをして戻って来た。やっぱり可愛い。白のシルクで胸のラインと裾にレースがついて、胸元でロングの髪が揺れている。これにして正解だ。ボクは嬉しくなる。

 

 

 

 

「ほら、お水」

 

「ありがとう」

 

「気分悪くない?」

 

「大丈夫よ」

 

「ほら、ベットで寝て」

 

「え、いいよ。私下で寝るよ。」

 

「お布団一つしかないから、一緒にベットで寝るの!」

 

 

 

 

 

少し強引に言う。眠たそうな雪は気にしてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ・・わかった」

 

 

 

 

 

そう言って雪はベットに入る。ボクは食器をキッチンへ運ぶ。洗い終り雪をみるとスヤスヤ寝ていた。ボクは声をかける

 

 

 

 

「雪?」

 

 

 

 

 

声をかけてみる。ぐっすり寝ている。可愛い。こんな近くにいて寝顔をみれるなんて嬉しい。こんなチャンスは二度と来ないかもしれない。気持ちが高ぶり、雪の柔らかそうな唇を見つめる。ドキドキする。

 

 

 

 

「雪、ボクは君が好きなんだ」

 

 

 

 

ついに言ってしまった。

 急に雪が動きだしこっちを向いた。ボクは驚いた。

 

 

「な・に・・・?」

 

 

 

 

雪は薄く目を開けて聞く。ボクは唾を飲みこみ、もう一度いう。

 

 

 

 

「雪が好きだよ」

 

 

 

彼女は目をつぶったまま

 

「わたしも杏子が大好きよ・・・」

 

 

 

と言った。

 

違うのはわかっていた。

 

 

 

好きの重さが違うことぐらい初めから分かっていたことだ。それでも好きだった。ゆっくりと雪の顔に近づく、雪のぷるんとした唇がだんだん近くなる。ゆっくりと目を閉じる。

 

 

でも止まった。

 

 

 

はぁ、ため息をつく。

 

 

雪、ボクの気持ちを知って欲しい。その反面、拒絶されたらと思うと怖かった。ただアイツ、あの綺麗な顔した奴には負けたくない。ボクの方がずっと前から君を思ってるんだ、それだけは誰にも負けない。

 

だから、ボクはやめないよ。肩にかかる髪の毛を優しくよけて首筋にキスをする。

 

 

雪はうーんと、うなる。

 

 

 

ボクはまた首筋にキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌日、

 

 

雪さんが前から歩いてくるボクを見つけて微笑む。

 

 

 

 

「こんなに早い時間で大丈夫だったんですか」

 

「大丈夫よ、昨日早く寝たから」

 

 

 

と、雪さんは笑って答える。今日はセミナーの時のジーンズ姿。ただいつもと違うのは、髪をアップしていることだ。かんざしで留めていてどこか色っぽい。

 

 

 

「そうなんですね。今日はなんかイメージが違いますね。その髪型すごく似合ってますよ。」

 

 

雪さんは少し恥ずかしそうにしながら俺に言った。

 

 

 

「このかんざし友達から貰ったの。必ず今日つけていってねって言われたの」

 

嬉しそうに言う彼女。俺はふと彼女の後ろの首筋が赤くなっていることに気がついた。

 

 

 

「雪さん、首の後ろ赤くなってますよ」

 

「え、虫に刺されたのかしら。でもかゆくはないけど、どこ?」

 

「後ろの方です。ここです」

 

 

 

 

俺はその場所を指さす。

 

 

 

 

 

 

間違いない、これはキスマークだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、かゆくはないんだけど」

 

雪さんはその場所を触って確認している。

 

 

 

「昨日はお友達の家に泊まったんですか?」

 

「そうよ、一緒にご飯食べる予定だったその人の家に泊まったの。どうして?」

 

 

 

「もしかしたら、その髪留め彼女からもらったのかなあと思って」

 

「どうしてわかったの?そう、そうなの彼女からもらったのよ、必ずつけていくように言われたの」

 

 

 

 

 

やっぱりそうか、これは警告かな。

 

俺は考える。

 

 

 

 

 

 

雪さんに彼女のことを聞く。

 

「その会社のお友達はなぜ僕と会いたかったんですか?」

 

 

 

「実はね、この前迎えに来てくれたじゃない?その時会社の人に見られていたみたいで、噂になったの。それを助けてくれたのが彼女なの。彼女にはこれまで何回も助けてもらっていて、その度に自分は雪の騎士だからって笑って言うんだけど、今回はなぜかユイ君に会いたいって言ってきたの。だから私困ってしまって。正直言うとユイ君が断ってくれて、ほっとしてたの私。」

 

 

 

なるほど俺はようやく状況を理解した。

 

 

「そのお友達はまだ僕に会いたいですか?」

 

 

 

「今朝は何も言ってなかったわ。多分大丈夫じゃないかと思うんだけど。」

 

「じゃぁ、もしそのお友達が会いたいようでしたらいつでも大丈夫ですから連絡ください。それとそのお友達に伝えてもらえませんか?僕も同じく騎士ですからと」

 

 

 

 

 

 

「騎士?騎士ですからっていうの?」

 

 

「そうです。それで伝わると思います。」

 

 

 

 

 

 

雪さんは不思議そうな顔をして俺を見る。

 

 

 

 

「えぇ、じゃ伝えておくね。」

 

 

 

 

 

俺は雪さんに手の中のチケットを見せる。

 

「先に買っておいたのですぐ入れますよ。飲み物を買ってはいりましょうか?」

 

 

「そうね、何にしようかな?」

 

 

さっきまでの会話を忘れたように上のボードのメニューを見て悩んでいる。悩む姿もかわいい。正直言うとキスマークには驚いたが、会社で守ってくれている人がいると知って俺はほっとしていた。それが女性だからほっとしたのも確かだった。

 

 

 

 

僕たちは映画を観た後、軽く食事してその足でセミナーへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
次回、第7話『キッスまであと10cm』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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