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「なぁ、今日ゼミ休講だってよ。ユイは講議なしだろ、どうするんだ?」

 

「あぁ、論文の資料を探さないといけないから俺は中央図書館に行くよ」

 

「じゃ、終わったら俺もそっち行くよ」

 

「あぁ、分かった」

 

「じゃ後でな」

 

 

陸と別れて車に乗り込む。

天気が悪いからか薄暗い、少し寒くなってきていた。

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

思ってたよりも人がいた。

俺は空いてる席を探して歩く。

 

 

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この辺でいいかな、

テーブルにリュックを置き本を探しに行く。十五分ほどで5冊の本を手に席へ戻ってきた。ふと、見覚えのある後ろ姿を見つける。

 

 

 

 

 

彼女だ!!

 

 

 

高揚感を抑えながら、

そーっとテーブルの上のカバンを取り彼女の斜め後ろの席へ移動する。彼女は俺には気づかず、黙々と何か書いていた。

 

 

 

 

俺は彼女のことをなにも知らない。

分かってることは彼女は僕より年上で社会人ってことだけ。前に電話で話している会話が聞こえてきて、落ちついた大人の敬語だった。接客業だろうか?

 

いつもはジーンズなのに今日はスカートだ。髪も留めている。椅子には、カバンと本と水筒、あれはたぶん弁当袋だと思う。手作りのお弁当かな・・・。

 

俺は彼女が気になって、なかなか思うように調べ物がはかどらない。今日中にチェックしてコピーもしたいのに、これではダメだ。とりあえず集中しよう。

 

俺は少しの間彼女のことを頭から追い出した。四十分ほどでチェックとコピーを済ませた俺は、彼女を探す。

 

 

 

 

彼女は寝ていた。

 

 

 

思わず近づき、手を伸ばして触れたくなる衝動に駆られたが、止める。

 

 

 

可愛い。

 

 

本を元へ戻し、側を通った時、彼女が小さく見えた。

 

 

 

ここは寒い。

 このままでは風邪をひきそうだな。

 

 

 

席へ戻り片付けをする。リュックを背負い椅子を静かに戻す。

 

 

俺は彼女の方へ歩いていった。スヤスヤと寝てる彼女は、子供のように無防備でとても可愛かった。俺は微笑み、ゆっくりと彼女の肩にジャンパーをかけた。

 

 

 

 

 

 

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出口へ向かうと、前から陸が歩いてくる

 

 

 

 

「えっ、もう帰るのか。俺、今来たばかりなんだけど」

 

「あぁ、お腹すいたし、なんか食べに行こうぜ」

 

「まぁ、いっかオレも腹減ったし、車は?」

 

「あぁ、こっちだ」

 

「ところでお前、なんでそんな薄着なんだよ。風邪くぞ。」

 

「気にするな」

 

「まあ、風邪引くのはオレじゃないから気にしないけど、

寒くないのかよ」

 

 

 

「大丈夫だ。ほら、乗れよ」

 

ピピッと音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

 

「なぁ、何にする?オレは、ハンバーグにしようかな?」

 

「じゃ、俺もそれ」

 

「すいませーん。ハンバーグ定食二つ」

手際よく、陸が注文する

 

 

「ところでさ、お姉さんて美人?」

 

「普通」

 

「いや、本当のこと言ってみ?

なっ、なっ美人だろ?」

 

「普通」

 

「あのさ、ユイのお気に入りは手を出さないし

絶対に好きにならないからさ」

 

 

俺は大きく切ったハンバーグを口へ入れる。

 

 

 

 

「おい信じろよ、俺だぜ?

なっ、約束するから俺を信じろ」

 

「お前を信じても、その口は信じない」

 

 

 

「何意味わからないこと言ってるんだよ。この口は言ってるぞ、ユイには嘘つかないってな。なぁ、教えてくれよ。なぁ?いいだろ?」

 

 

 

 

「子供がアイスを欲しがるような目でみるなよ」

 

 

陸は、黙ったままじーっと俺の顔を見る。

 

 

「だって欲しいんだもんアイス、なっ約束するから!

絶対好きにならないからさっ」

 

 

 

 

まだ食い下がる陸に俺は半分呆れる。

 

「お前、その言葉一生忘れるなよ」

 

 

釘を刺す。陸は嬉しそうな顔でこっちをみる。

 

 

 

 

「あぁ、分かってるよ、で?」

 

「彼女は綺麗だよ。でも彼女とは誰も話せないんだ・・高嶺の花だ」

 

「えー、美人だけど実は怖いとか?まさか性格悪いとか?」

 

 

 

「お前!もう忘れたのか?」

 

陸は慌てて首を振る。

 

 

 

 

「怒るなよ、絆創膏だろ覚えてるけどさ。それより何で誰とも話さないんだよ。意味わかんないじゃん」

 

 

「話さないでなく、話せないんだ。

彼女はいつも席に着くとすぐ本を読み始める。だから、誰も話しかけられないんだと思う。それに終わったらすぐに帰るしな」

 

 

 

 

「へぇーそうなんだ。

本読んで、外敵をブロックしてるのかもな。寄ってくるのを断るのも疲れるだろうし」

 

 

確かにそうだ、イヤホンもそのせいかもしれない。

 

 

 

 

 

「ところでさお前、今朝黒のジャンパー着てたよな

どこかに忘れてきてないか?まさか、図書館に忘れてきたんじゃないのか?」

 

 

「お前、案外鋭いな」

 

俺は笑った。

 

 

 

 

「案外ってなんだよ、案外って。

だってよ、あのジャンバー俺も紺色が欲しかったのに

売り切れなんて・・お前を見るたびにいいなって思うしな。絶対俺の方が似合うと思うよ」

 

「そうだな」

 

心にもない返事をする。

 

 

 

 

「で、無くしたわけ?俺の大切なジャンバー」

 

「お前のじゃないけどな、貸したんだよ」

 

 

「はぁ?誰にだよ。お前が貸すって俺以外にいないだろ」

 

食べ終え、皿の上にフォークを並べる。

 

 

 

 

「だから一体、誰にだよ。そもそも物を貸すのを嫌がる奴が・・・誰に貸したん、、はっ、まさか、、」

 

 

 

 

 

俺は顎で頷く。

 

「あぁそうだ、彼女に貸したんだ」

 

 

 

 

陸は、体を後ろに大きく反らした。

 

「はぁー、ありえねぇ。お前、それで俺に帰ろうって言ったんだな。そんなに俺と会わせたくなかったのかよ」

 

あきれ顔で言う。

 

 

 

そんな陸の心境をお構いなしに、俺は更に言う。

 

 

 

 

「あーぁ、寝顔は俺だけで十分だ」

 

しらっと答える。その言葉に陸は顔を歪めて叫ぶ。

 

 

 

 

「うわー、きたねぇー。そもそもお前のもんじゃないだろうが」

 

俺は更に追い打ちをかけるように言い放った。

 

 

 

 

「だからこそ、俺だけでいいんだよ」

 

 

 

 

陸の無言の反応を見て俺は満足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈〈〈

 

 

くっ、首が痛い。

うっかり寝てしまった。急いで時計を見る、良かったぁー、20分しか経っていない。今日は疲れてるから、やっぱり早く帰ろう。ん? 青い付箋が目に入る。

 

 

 

「次の授業の時に。  星野 唯一」

 

 

 

 

 

 

 

 

星野ゆういち?誰だっけ?

 星野さん、星野くん?ゆういち・・

 

 

えっ!!

 

驚いて周りを見渡す。

 

 

彼はいない。

床にパサッと何かが落ちる音がした。下を見るとジャンパーだった。これって、見覚えがあるよね、黒いジャンパー。彼がいつも着ている黒のジャンパー?まさか・・・。

 

 

 

 

え? 彼がいたってこと?  

 

どっ、どこに?

 

 

 

 

ここに?

 

 

 

 

 

なんで?

 

 

私は周りを見渡す。

どこにもいない。

半分パニック状態だった。もしかして寝てるのを見られた?えぇー!!と、大声で叫びそうなった私は思わず両手で口を抑える・・・最悪だわ。

 

付箋をもう一度見る。

やっぱりそうだ、彼だ。

 

絆創膏の彼だった。

 

 

 

 

 

 

図書館の外に出る。

すでに暗く、かなり気温が下がっていた。足に風が巻きつく。うわぁ、寒い! 彼のジャンパーは大きくて、膝まで届きそうなくらいに温かい。嬉しさと幸せな気分が半分こで、心地がいい。

 

 

 

初めて見た時、彼は女の子に囲まれていた。カッコよくて身長が高い、たぶん180は超えてると思う。私は160だから並んだら大人と子供だ。年齢は20代前半~中ぐらい?でもあまりにも落ち着いてるから、実は時々30代だったりして?と思う時もある。

 

彼狙いの女の子たちが、隣の席をゲットしようと過激な戦いをしているけど、彼はそれには御構い無し。

きっと、いつものことなんだろうな。大変だと同情するわたし。みんなは星野くんって呼んでる。

 

私がなぜ、彼が気になるようになったのかと言うと、小さな落書きだ。彼が前に座った時、決まって配られたプリントの右端に何か落書きされているのだ。りんごの絵だったり、手のマークだったり、意味はわからない。私は気になって、いつの間にか探していた。彼の思惑にハマってしまっているのかもしれないが、それでもなぜか楽しかった。それ以来、少しずつ彼を観察するようになった。

 

他に分かったことは、黒のジャンパーを大切にしてること。時々、友達が彼を待っていること。その彼もイケメンだ。グレーのような黒色が好きなようで、ジャンパー、バッグ、筆箱がその色だ。あと、黒のロゴのペットボトルを持っている。どこのだろう?

 

 

 

明日は土曜日だ。

さてこれをどうやって彼に返そうか。できれば、誰にも気付かれずに渡したい。とりあえず、紙袋に入れる。

洗ったほうがいいのか考えたが、柔軟剤の匂いがつくのもどうかと思うし。やっぱりそのまま返そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

 

セミナーを終え、紙袋に目がいく。

 

どうしよう。。

 

 

どのタイミングで渡せばいいのかわからずに出てきてしまった。彼はまだいるようだけど。ここで渡すと目立ちすぎる。私は出口へ向かい歩き始めた。

 

 

 

外へ出ると、あっ、

 

いた!!

 

 

 

 

 

そう、彼の友達。

 

 

 

私はその友達に近づき

 

「すいません、これお願いしてもいいですか?」

 

 

 

と、そっと紙袋を前へ出す。

 

 

 

 

 

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彼の友達は、驚きつつも受け取る

 

 

「えっ、あっ、オレに?

あーぁ、、、わかりました。」

 

 

 

紙袋を覗き込んだ彼は納得したようだ。

 

私は軽く会釈し歩きだす。

 

 

 

 

 

 

 

事務局から戻った俺は、

 

 

 

「悪いな、いつも待たせて」

 

と声をかける

 

「いやーぁ、今日は特別に待った甲斐があったよ」

 

 

 

なぜか嬉しそうだ。

 

 

 

 

 

 

「どうした」

 

俺は聞いた。

 

 

 

「どうしようかな?」

 

更に陸は嬉しそうに俺を挑発する

 

 

 

 

「何がだよ」

 

俺は問いただす。

 

「これさ、」

 

紙袋を揺らす陸。俺は眉を動かす、なんだ?その様子を面白がっている。

 

 

 

 

「あぁ~ん、まだわからないのか?」

 

 

陸の態度に少なしイラつきながら、紙袋に目をやる。ちょっと待て、、確か見覚えがある。そうだ、あれは彼女が持っていた袋だ。

 

俺は思わず、

 

 

 

 「返せよ。」

 

と陸をにらむ。

 

 

 

「返せって言ったか?今日は、お前のおごりだな」

 

陸は満足そうな顔で言う。

 

 

 

 

「何でそうなる」

 

陸から、紙袋を受け取りジャンパーを取り出す。ジャンパーの内側に黄色の付箋を見つける。

 

 

 

 

 

 

『ありがとうございました。 上原 雪 』

 

 

 

 

 

 

「おっ、手紙かぁ? なんて書いてあるんだ?」

 

 

 

陸がニヤニヤして覗き込む。俺はそれをかわし、

 

 

「ほら行くぞ」

 

 

付箋をゆっくりと財布に入れてジャンパーに袖を通す。ほんのり香る石鹸のような匂い。彼女の香りだ。

 

 

「なぁ、お姉さん超美人じゃん。目がクリッとしてて、なんかいい香りだししかも、スタイルが超いいな!鍛えてるのかな?絶対そうだよな」

 

「お前さ」

 

オレは陸に牽制球を投げる

 

「おーぉ、わかりましたよ。見てただけじゃん、触れてないし。いや、紙袋取った時ちょっとだけ触ったかも・・」

 

にやけながら、俺の顔を覗き込む。

 

俺は低い声でゆっくりと言う。

 

「殴られたいのか?」

 

陸は目を泳がせ、

 

「おーぉこわ、、分かったよ!しっかし、大人だよな彼女、結構俺たちと歳離れてるような気がするけど、

一体幾つなんだ?」

 

「どうだろうな。たぶん、三十過ぎってとこか」

 

「そうだな、落ち着き加減からいくと三十前半って感じか?見た目は、二十代後半でもあり得るけど

あの雰囲気だと、お嬢様か?」

 

「わからないな。バッグはブランド物だけど、社会人ならアリだろうし。でも、お弁当を作ってるなら普通の人なのかもな」

 

「お弁当作ってるのか?いいな、俺も食べたい!」

 

「何でお前が食べるんだ」

 

俺は陸のを見る。

 

「あはは、想像するだけならいいじゃん」

陸はごまかす

 

俺は更に低い声で言う。

 

「想像もするな」

 

呆れ顔で首を横に振る。

 

「分かったよ。ところでさ、お前卒論終わった?やっばいよ俺、終わらねー。。明日、図書館行ってやらないと、ほんとやばいよ」

 

半泣きの陸。

 

「明日か?俺も行くよ」

 

「おっ、じゃ手伝ってくれよ。資料だけでもさ」

 

「あぁ、いいよ」

 

「やった!さすが俺の親友だな」

 

「お前の親友は俺でも、俺の親友はお前とは限らないけどな」

 

「ひっでー!!」

 

悲痛な声で叫ぶ陸の顔は、とても可笑しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

 

「遅くなってごめんね」

 

 

 

 

店員にテーブルへ案内され、先に待っていた千佳に言った。

 

 

 

「大丈夫だよ適当に注文しちゃったけど、いい?」

 

「うん、いいよ」

 

「何飲む?」

 

「じゃ、エビス」

 

「おっけー、

すいませーん!エビス一つお願いします」

 

手をあげて、透き通った声で注文する。おしぼりを私に手渡す。

 

「なんか疲れてるようだけど、大丈夫?雪」

 

「ここ最近、仕事が忙しくて少し疲れが溜まってるかも。でも、久しぶりの外食だから今日は飲もうよ」

 

「そうだね、ほんと久しぶりだぁ。3ヶ月ぶりかな?」

 

「今も病院忙しいんでしょ」

 

私は千佳に聞く。

 

「うん、まだね。

でもやっと会食も三人までなら許可出たし

久しぶりのお出かけだよ」

 

 

 

 ビールが届き、料理が並び始める。

 

「じゃ、乾杯しようか」

 

 

千佳がグラスに手を伸ばす。

 

 

「かんぱーい!」

 

 

 

二人で軽くグラスを持ち上げて、無音の乾杯をする。冷たいビールが喉へ落ちていく。

 

「あーぁ、美味しい!」

 

千佳が言う。

 

「最近、誰かにあった?」

 

私は千佳に尋ねる。

 

「うーん、あー病院で森くん見たよ。声はかけなかったけど、内科にいたから風邪じゃない?」

 

「森くんか、懐かしい。クラス会以来、私会ってないかも。どうだった?」

 

「うーん、相変わらずカッコよかったよ。だってナース達がそわそわしてたし」

 

口の中へだし巻き卵を放り込む千佳。

 

クラス会の帰りに送ってくれた森くん。酔っていた私は何を話したの覚えていない。ただ帰り道、手を繋がれたこと思い出した。千佳にも言っていないことだ。

 

 

 

「そういえば、どうよセミナーは?

この歳でわざわざセミナー通いって意味ある?」

 

「うん、まぁ気晴らしかな。色々な情報がもらえるし、若い子も多いから気分転換」

 

「だった、雪は若い子好きなんだよね」

 

 

 

と、私をからかう。

 

 

 

 

「何よそれ、なんか引っかかるなーぁ。年上より年下が気軽でいいだけよ。だって私たち幾つだと思てるのよ。私たちより上って、微妙に危険でしょ」

 

「私たちよりも下も、微妙に危険だと思うよ」

 

 

 

 

「確かに・・・そうだよね、最近私もそう思う」

 

 

 

その言葉に、食いついたかのように千佳が身を乗り出す。

 

 

 

 

「何?なに? 何かあった?会社にフレッシュマンが入ってきた?雪のお眼鏡に叶った男って誰よ!」

 

 

 

 

 

楽しそうに聞いてくる千佳。私は平気な顔をする。

 

 

 

 

 

「別にー、少し気になってるだけ」

 

「えー、営業先の人?だれよ?」

 

「仕事でなくてセミナーで会った子」

 

千佳の箸が止まる

 

 

 

 

「会った子って、その子幾つよ!」

 

「うーん、わかんない」

 

私は、はぐらかす。

 

「なに、まさか二十代?」

 

苦笑いをしながら、ゆっくりと答える

 

 

 

「うん、、そう。。。もしかしたら・・・・大学生かもしれない」

 

 

 

 

千佳の目がだんだん大きくなり全開になった!

 

 

 

「えー!!! 

おっーと、それは犯罪でしょう」

 

 

大きな声で言う。驚きと喜びの顔をしながら楽しそうに私をいじる。

 

 

 

 

 

「ちょっと、、声が大きいよ!

 

 

 

それに、、失礼な!別になにもしてないし」

 

 

 

 

私は苦笑いしながら、何で言い訳してるのかわからず

だんだん恥ずかしくなってくる。

 

 

 

 

「それで、どんな子なの?」

 

「うーん、身長が高くて、ちょっとかっこいい」

 

「うわー、高いとこ登ったわね」

 

 

 

 

 

 

今度は平然とした顔でトマトを口に入れる。

 

 

 

 

 

「なによそれー、だから、、少し気になっただけだって」

 

「少しじゃないでしょ。雪が言うぐらいだから、彼となんかあったんでしょう。なによ、聞かせてよ」

 

「うん、まあ・・・」

 

「で、どうしたの?」

 

 

 

 

私は彼に絆創膏をつけてあげたこと、ぶつかりそうになって抱き寄せられたこと。話をしている間、千佳はきゃっきゃ言ってこっちが恥ずかしくなるぐらいにテンションが上がっていた。

 

 

 

「うぁー、いいなー。そんなドキドキ、私たちには無縁よ。貴重だよぉ~。羨ましいわ雪。で、そのあとは何があったの?」

 

 

 

「平日の仕事帰りに図書館へ行ったの。私いつの間にか寝ちゃって。。起きたらジャンパーがかけられてて、テーブルに付箋が貼ってあったの」

 

 

 

千佳はパスタを取り分けながら

「付箋?なに、何て書いてあったの?」

 

お皿を手渡す。

 

 

 

 

 

「次の講議でって、彼の名前が書いてあった」

 

 

 

 

パスタを口に入れ、

「うおーお、、最高じゃん!きゃー!私、、彼のファンになるわ!」

 

 

 

 

嬉しそうにパスタを頬張った。そんな千佳に私は苦笑いで答える。

 

 

 

「ファンなら溢れるほどいるわよ」

 

 

 

呆れ顔で言うわたし。

 

 そんなことはお構いなしに興奮状態の千佳は、たたみかけるように聞く。

 

 

 

 

 

「で?でぇ、どうなったのその後?」

 

目が輝いている。

 

 

 

 

「どうって、どうにもならないよ」

 

私は平然と話す

 

 

 

 

「え?連絡先とか聞かれなかったの?ジャンパー返したんでしょう」

 

 

不穏な空気を察してか、千佳の目が細くなる。

 

 

 

 

「うん、返したけど、彼の友達にね」

 

 

 

だんだん小さくなる私の声。千佳は目を見開き、口を開けたまま止まった。

 

 

 

 

「えっ?意味わかんない!何で友達に返すのよ、彼に返さなきゃ!」

 

 

 

 

凄い勢いで私に迫る。

私は慌てて言い訳をする。

 

 

 

「そんな、恐ろしいことできないよ。セミナーのほとんどの女の子は彼のファンだし。わたし、この歳で死にたくないもん」

 

 

千佳はガッカリした顔で、ため息をつく。

 

「まぁ、雪なら逃げるしかないね」

 

 

 

止まっていた箸を動かしトマトを口に入れた。

 

 

 

 

 

「でしょう。彼の友達がいて、ほんとラッキーだったと思うもん」

 

あのままでは、また持って帰っていたはずだ。

 

 

 

 

「でも、大人なんだしお礼は言わなきゃね、雪ちゃん」

 

ニヤニヤしながら、わたしに詰め寄ってくる千佳。

 

 

 

 

 

 

「だから、、ちゃんとありがとうございまいしたって書いたよ!」

 

 

「何、手紙書いたの?」

 

「いや、、手紙っていうか・・・付箋?」

 

「えっ、なになに? 付箋返しが今流行りなわけ?」

 

からかうようにトーンを上げて言う。

 

 

 

 

 

「だって付箋で受け取ったから・・・」

 

私は、段々と声が小さくなる。

 

 

 

「なぜ、そこに連絡先書かないのよ」

 

真顔で聞く千佳。

 

 

 

 

「何でお礼に、わたしの連絡先あげるのよ。」

 

怒った顔で私は笑う。

 

 

 

 

 

負けずに千佳も顎を上げる。

 

 

「あげたっていいじゃん、彼欲しかったと思うよ」

 

 

「だから二十代の子で、大学生かもしれないって

言ってるでしょ。それに私からって…なんてありえない。」

 

 と、飽きれ顔で言うわたし。

 

そんな言葉にも。動じることなく千佳が言った。

 

 

 

 

 

「大学生とか雪には関係ないでしょう。だって、いつも誰も近づけないんだから。年齢なんて意味ないと思うけど、違う?」

 

痛いとこを突いてきた。

 

 

 

「それはそうだけど、でも若すぎでしょう」

 

「何でよ、深く考えないで友達になればいいじゃない?別に恋人になるとは限らないし」

 

「まぁ、、そうなんだけど・・・」

 

 

 

 

 

 

分かってはいる。でも友達になって、もしも、もしも自分の心が動き出したらと考えると怖い。最後には傷いた自分だけが残るだろうから。

 

 

箸を置いた千佳が

 

「それにまだ誰とも付き合わないんでしょ、今は。だから大丈夫よ」

 

「そうだけど、浮き足立つのも良くないし。今でも、十分ドキドキしてるから距離保ちたいの」

 

「ふーん、まあ慎重になるのもわかるけど。私たちにとって出会いは貴重よ。その中でピピッとくる出会いなんて奇跡でしょう。それをわざわざ、捨てるなんてもったいないよ別に友達ならいいでしょう」

 

 

 

 

 

確かに、今の私たちには出会いが少ない。だからこそ、奇跡のような出会いに遭遇すると臆病になりがちだ。

 

今の私はどうしても

自分の心と行動にブレーキをかけてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈〈〈〈〈

 

 

「なぁ、今日の夜ってバイトか?」

 

「あぁ」

 

「俺も行っていいか?」

 

「いいよ、30分ぐらいで終わるから。その後一緒に飲もう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

>>>>>

 

 

 

綺麗に料理を食べ終えて満足そうな顔の千佳。

 

「ふぅー、お腹いっぱいだぁ」

 

お腹をさする真似をする。

 

 

 

 

 

「美味しかったね」

 

「ねぇ、バーに行かない?」

 

「バー?いいね!一杯だけ行こうか??とりあえず先に電話してもいい?」

 

「うん、いいよ。心配するといけないから、早く電話してあげて」

 

「心配なんてしないわよ。私、子供じゃないんだから」

 

「子供なのは、雪じゃないでしょう」

 

千佳は笑いながら言う。

私も笑って携帯を探した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーの階段を降りていく。

 

 

 

 

「この前、後輩と来たの。バンド演奏もあるのよ。いい雰囲気だし、雪も好きだと思うよ」

 

と千佳は言った。

 

 

 

 

検温と消毒を済ませ、テーブルへ案内される。店内は、少し暗いけど綺麗な内装だ。飲み物を注文し、辺りを見渡す定員の半分以下ね、感じがいい。

 

 

 

 

「ソーシャルディスタンスがしっかりしてて先生達の間でも評判がいいのよ、ここ。ちょっと飲み物は高いけど、安心できるでしょう。先生にお願いして予約してもらっちゃった」

 

「えっ、そうだったの。ありがとう!」

 

私は千佳に礼を言う。

 

 

 

奥のステージには、ギターなどの楽器が置いてあった。

 

 

 

チューニング中なのか数名のスタッフが忙しく動いている。トイレから戻って来た千佳は小さな声で話しかける。

 

 

 

 

「これからステージが始まるんだって何だか、人気な人らしいよ。今日女の子ばかりだね」

 

 

 

 

ほんとだ、ほぼ全員女性だった。

反対側の奥に男性が一人いるだけで。ステージが一瞬暗くなり、スポットライトが中央に当たった。

 

 

 

 

えっ、、

私は、驚いて息をのんだ。

 

 

 

「おーぉ、かっこいいね!

あれじゃ、人気なはずだよ。」

 

千佳が私の耳元で言う。

 

 

 

みんな舞台に釘付けだ。

椅子に座りギターを持っている男性が静かに話し始めた。

 

 

 

「こんばんは、ユイです。

今日は、3曲歌いたいと思います。

まず、初めの2曲から」

 

 

 

 

 

曲が流れ始め、彼が歌いだす。あまりにも驚きすぎて、私の耳には何も入ってこない。だって、

 

 

だってステージの男性は、彼。

 

 

 

 

 

そう、星野唯一だった。

 

 
 
 

手拍子さえ忘れて呆然と座ったままの私。

 

あっ、

一瞬、、彼と目が合う。

 

 

ドキッとして、息するのを忘れそうになる。

 

すぐに別の方を向いて歌う彼。気がつかなかったかな?少しがっかりする。何でがっかりしてるんだろう私・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは、間違いなく彼女だ!

 

何でここにいるんだ?!陸が呼んだのか。いや、違う。連絡先は知らないはずだ!半分パニクっていた。よく見ると隣にもう一人、友達だろうか?

 

 

 

やばいな。

緊張してきた!

 

 

 

 

陸を見ると、指をさして顎で合図している。さすが陸、彼女に気づいたらしい。女のチェックに余念がない。

 

 

 

 

「3曲目は、気分を変えて新曲を歌います」

 

きゃー!ユイ! 声援が響く。ギターの音だけが広がり。だんだん静かになって、彼は歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 君の声が聞きたくて

 ぼくは、君の前に座る

 

 君の指に触れたくて

 ぼくは、君の横に並ぶ

 

 君の顔を見たくて

 ぼくは、君の後ろに座る

 

 君が振り向いた時

 ぼくは君の瞳の虜になる

 

 優しくつけてくれた絆創膏

 ぼくは、覚えているよ

 

 右手で引き寄せた君の腕を

 ぼくは覚えている 

 

 左手で支えた君の背中

 いつか、ぼくは抱きしめることができるだろうか

 

 優しい香りがするジャケット

 君の香りだ

 いつまでも、覚えていたい・・・・

 

 

 

 

 

 ・・・・・だから

 

 君の髪は、サラサラで

 君の手は、白く細い

 君の瞳は、大きく美しい

 君の唇は、温かくて甘いのだろうか

 

 ぼくは、いつか君の側を歩きたい

 そして、君はぼくを好きになる

 

 なぜなら、ぼくはもう君しか見ていないから。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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きゃ!!ユイ!!

あっちこっちで、押さえつつも声援が上がる。横を見ると、千佳が私をじっと見つめている。

 

 

 

「ねぇ、あれってジャケットって言ってたけど

たぶんジャンパーだよね?」

 

私は答えない。

 

 

 

 

「絆創膏って言ってたよね、彼ってさ・・・・」

 

 

 

千佳は、じーっと私の目を見つめている。誤魔化そうと思ったけれど、あまりにも確信を得た目で見つめてくる千佳に、私はため息をついてから答えた。

 

 

 

「そうよ、彼がそう」

 

 

 

 

私は、千佳の腕を取って出口へ向かう。千佳は引っ張られるがままに歩き出す。とにかく、ここから早くでなきゃ!

 

 

 

でも、そこには彼が立っていた。

 

 

 

 

 

 

私たちは足を止める。

 

 そう、彼の友達だ。

 

 

 

 

「こんばんは、俺ユイの友達の陸です」

 

 

 

私たちに自己紹介をしてきた。

 

 

 

 

 

「こんばんは、私は雪の友人の千佳です」

 

 

つかさず、後ろから千佳も自己紹介をする。

 

 

 

 

 

「もう、帰っちゃうんですか?よかったら、俺たちと少し飲みませんか?歌っていたのが僕の友達なんです。少しだけどうですか?」

 

「あーぁ、そうしたいところですが、ソーシャルディスタンス中で3名までしか会食できないんです。そうだ、私と二人で飲みませんか。雪は彼と。ねぇ雪、あと15分だけ。ねぇ、いいでしょう雪?」

 

 

 

 

断りずらい状態で、

どう答えていいのかわからず困っていると後ろから、「こんばんは」と声がした。

 

 

千佳は彼の友達とテーブルへ歩いていく。

 

 

振り返ると、彼が立っていた。

 

 

 

 

 
 
 
 
 
次回、『突然のバックハグ…』
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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第3話こちらです