幕末の剣術ルネッサンスに語ってまいりました、最近の剣道の歴史ですが、今宵からは天然理心流についつ語ってまいろうとおもいます
天然理心流は新選組の流派という印象が強いため、幕末の新興流派とおもわれるかもしれませんが、その歴史は決して浅くありません
幕末最大の規模を誇った北辰一刀流より二十年早く、江戸の薬研掘に道場を構えます
しかし既存の道場が林立する江戸での門弟の確保は難しく、天然理心流は武州南部の一帯に当たる多摩に活路を求めます
多摩は徳川幕府の直轄領で、将軍家への帰属意識がきわめて強い地域で
徳川の天下の一大事には武器を手に立ち上がろという気概が強く、天然理心流が歓迎される土壌となったわけです
多摩の富農から剣術に優れた男子を養子に迎えて歴代宗家としたのも
創始された当初から活動拠点が多摩だったからこその習わしであったと言えるでしょう
ちなみに四代宗家の近藤勇を筆頭とする、新選組の中核の面々が巣立った牛込柳町甲良屋敷の試衛館は
近藤勇の養父である周助邦武が小山村の名主の家から近藤家の養子に迎えられ、三代宗家を襲名した天保元年(1830)に開かれました
実践を重視した流派と評されることが多い天然理心流だが、決して奇抜な稽古をしていたわけではありません
江戸時代後期に諸流派に導入された防具を装置し、互いに竹刀を振るって有効打突の数を競い合う他流試合にも積極的に参加してましたし
歳さんなどは多くの試合に参加して勝利を収めたことも記録として残っています
しかしその一方で独自の実践志向が幕末最強と呼ばれる新選組の強さの根幹となったとも考えられます
有名なところでは、天然理心流の木刀があります
新選組が登場する映画・テレビ時代劇で必ず描かれる、あの大きな木刀です
この重い木刀を使い稽古をするためには、柄を両手で確実に握り、取り落とさないように保持するのが肝要です
とはいえ、ずっと手指を締めていては疲れがたまり、いざという時に役にたちません
そこで木刀を振り上げるとき、打ち込むとき、再び振りかぶるときと、状況に応じて握りを緩めたり締めたりします
この方法は大変理にかなっていて、間違いなく真剣の扱いに強くなります
僕は父が刀鍛冶で、幼い頃から刀の試し斬りを手伝わされていたのですが
この握りを自由に扱えないと、刀は上手く扱えませんし、下手すると試し斬りの対象だけでなく自分の足も斬ってしまいます
剣道の試合においても竹刀の持ち方で相手の強さはだいたい解りますし
テレビなどで立ち回りを見てても、持ち手を見ればちゃんと稽古している人かどうか直ぐ解ります
少し話がズレましたが天然理心流が非常に実践的だったことは確かです
さて、次回は新選組の局長である近藤勇について語ろうとおもいます
では、今宵もこの辺りで終いといたしましょう
皆さん良い夜を…