久しぶりに休暇が重なった和泉と秋斗は、春めいた陽気に誘われて、外出することにした。


「どこか行きたいところ、あるか?」

「行きたいところ…か…。どこかなぁ…」


パッと思い浮かばない様子の秋斗は、窓から空を見上げて眩しそうに手をかざした。


「この時間からだと遠くは無理だよね」

「そうだな。遠いところに行きたかったのか?」

「うーん…いちご狩りとかさ」

「お前は本当にいちごが好きだな」


いい歳の大人が可愛らしい物を好むことが、和泉にはまだ愉快に感じていた。


「でも遠いから別にいいよ。またにしよ。和泉さんの行きたいところ、どっかないの?」


少し間をおいてから、和泉は車の鍵を手にした。


「お前を連れて行きたい場所がある。車に乗れ」


秋斗を車に乗せると、和泉はどこへ行くとも告げずに車を動かした。





どこに向かってるかと尋ねても、行ってからのお楽しみだと答えるばかり。車は都心の中心部へと走り続け、デパートの駐車場へと到着した。


「デパート?」

「まぁいいから着いてこい」


エレベーターで催事場のフロアへ到着する。このフロアに着いた途端に物凄い人混みだ。和泉も初めて訪れるようで、キョロキョロと周りの様子を伺いながら目的地へと進んでいく。人混みが一段と多い場所に到着すると、フロアの天井から大きな催事場の看板が下がっていた。


【いちごフェア】


人混みの隙間から現れたそこは、キラキラといちごが輝くようなスイーツが所狭しと飾られていた。定番和菓子のイチゴ大福はもちろん、洋菓子は更に種類が多く、ケーキは綺麗にデコレーションされた姿が、まるで宝石のようだった。


「わぁ…キレイ…」


思わず呟いた姿を見た和泉は、喜ぶ秋斗を見て誇らしげだった。


「ねぇ和泉さん、ココ、何で知ったの?」

「あ?ココか?最近なんだか知らないがやたらとスマホにいちごの話が出てくるんだよ。その中に載ってた」

「いちごフェアを調べたんじゃなくて?」

「調べてないけど、いつの間にかスマホにいちごの話ばっかり出てくるんだ。品種やら苗木の育て方、デザートの作り方まで」

「それって…」


秋斗にはすぐ、和泉が過去にいちごの事を何度か検索したからAIが学習したのだと分かったが、和泉にはその仕組みが分かっていないようだった。自分の好物であるいちごの情報、おそらく美味しいケーキのお店などをかつて調べたのだろう。秋斗にはいくつか心当たりがあった。その時は偶然にケーキの美味しいお店に当たってラッキーだと思っていたのだが、本当は予め和泉が調べてくれていたのではないか。そう思うと今回も含め、秋斗は和泉の愛情を感じずにはいられなかった。


「和泉さん、かーわい」

「あ?」


何を意味して可愛いと言われたのか気付かない和泉を見て、秋斗はニヤリと照れ笑いをした。





売り場のケーキはどれも見たことのないほど、豪華に飾り付けられて華やかだった。一面が赤やピンクに彩られ、時折りチョコレートの黒や茶も混ざる。しかしほとんどが赤、白、ピンクで、まるでお花畑のようだった。


「好きなの、買ってやるよ。どれが良い?」

「ホント!?やった!悩むなぁ…」

「いくつでもいいけど、傷むのも早いからな。山程買っても食い切れないぞ」

「でも、和泉さんとなら食べ切れる気がする」


いつの間にか秋斗が主導権を握ったいちごフェア会場では、人混みに紛れながらはぐれまいと、秋斗は和泉の袖口に捕まった。すると和泉はそれに気付き、秋斗の手を握り直した。


「このケーキじゃ大きいかな?」


丸くドーム型をしたホールケーキには、びっしりといちごが隙間なく敷き詰められている。艶やかないちごが絵本の世界に登場してきそうな風貌だった。


「お前、そんなに食えるのか?俺は…1/4も食えるかどうか…」

「そうだよね。あ、じゃあこっちは?」


大きないちごが均一に配置された長方形のケーキは、先ほどのホールケーキよりは小さめだった。


「これくらないなら、いけそうだな」

「じゃあコレにする!」

「分かった。…他は?いいのか?」

「えっ…だって食べ切れるか?って…」

「後から買えば良かったって駄々こねる姿が目に浮かんでな。買うなら今だぞ」

「だったらあっちのゼリーとプリンも見ようよ」


結局なんだかんだと日持ちするものしないもの、食べ切れるのか怪しいほどのいちごスイーツを買い込んだ。2人の両手にはいくつもの袋が抱えられ、思いがけない大荷物で駐車場に戻ってきた。秋斗の気分はすっかりいちご狩り。むしろ、いちご狩りよりも充実していたのかもしれない。上機嫌なまま、車に到着した。


車の鍵を開けると、和泉は手にしていたいちごスイーツを後部座席に置いた。秋斗は荷物を置くことなく、助手席に座った。


「後ろ、まだ乗せられるぞ?」

「ううん、これはいい」

「持って行くのか?」

「うん。これ、ケーキだから…いちご崩れちゃうとイヤだし…」

「なんだよ、まるで俺の運転が荒いみたいじゃねぇかよ」

「飛ばすだろ」


膝の上にケーキの箱をちょこんと乗せ、両手で軽く押さえている。大事そうに持つ秋斗の姿が和泉にはたまらず、笑顔になった。


「急いで帰りたいところだけど、ゆっくり帰るとするかな」


エンジンをかけ、動き出した車はいつもよりゆっくりだった。

和泉は左手をそっと上向きに差し出すと、秋斗は箱から右手をはなし、ゆっくり上に重ねた。