
J・G・バラードの小説にハイ-ライズがある。
超高層マンションの中のコミュニティが崩壊していく、といった話だ。
ずいぶんと以前に読んだので、ほとんど覚えてもいないのだが、マスコミで働く
登場人物がきっちり真ん中で髪を分けているとか、マンションの中階に大プールがある。だとかが書いてあった記憶がある。
最近、日本でもタワーマンションが多く建設をされるようになって、高層マンションを見るたびに、連想するものがあると考えていたら、「ハイ・ライズ」だった。
人間が、これまでと全く違った環境で居住をするようになると、問題が生じてくるのは当然だろう。
人間には高層空間での生活は適していないという研究もあるようだ。生体へのストレスが大きく、寿命や健康状態に影響があるのだとか。
あるいは、タワーマンションのことを格差製造装置だとの意見もある。
上階から下階へと序列が生じ、マンションとそれ以外の区域の住民の間にも
テリトリーが存在をする。
住民は互いに格差を強く認識をするようになる。
このタワーマンションが中国やベトナム、マレーシアやシンガポールでも作られ、あこがれ、富の象徴として、時には自分の所得よりも背伸びをして、住みたがるひとがいるというのは面白い。
国境や地域を越えた、人間の共通した行動特性を感じてしまう。
東京にもネオヒルズ族といって、そういった生活を派手に演出し演技をすることでビジネスをしているひとも多い。
マスコミもそれをこぞって紹介をする。
高層階に住み、ホームパーティをして、洒落ていて料金の高い料理店で飲食をする、というのは多くのひとにとっての夢なのだろう。
最近、格差社会という言葉が連呼をされるようになってきた。
都市にタワーマンションが多く作られ、街がモザイク状に区別をされ、商店も
大衆店と高級店とが区別をされるようになり、可視化された形で、多くのひとが
格差を意識させられるようになってきたのだろう。
車でも軽自動車からレクサス、そして高級外国車、収入からライフスタイルまで意識をさせられてしまう。
「ハイ-ライズ」はそうした高級マンションの人間のライフスタイルの崩壊を描いている。これも人間が深層心理のなかで共通して願っていることなのかもしれない。
タワーマンションの生活を夢見ながら、心のどこかで忌々しくも感じている。
高層階での生活は人間にとって無理と矛盾を抱えているからだろう。