ご冥福をお祈りします | あくせるのブログ

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本日は久しぶりにかなさんのお話しをアップする予定でございましたが、

忌野清志郎さんが突然ご逝去されましたので、追悼の意味も込めまして記事を書きたいと思います


私は忌野清志郎さんの歌や音楽をそれほど好んでのめりこんで聴いていたわけではありませんし、

くわしくもありません

でも、この方は、いつもとても「かっこいい大人」であると思っていました。


メッセージ性の強い音楽、私の中では一種のパンクであると解していました。

人によってそれは違うと否定される方もいらっしゃると思いますが、私の解釈ですから

それはご了承ください。


音楽にメッセージ性の強い歌詞をのせて発信すること、そして強く心に残る歌。

それがパンクであると勝手に思っています。

ですから音楽の中で一番単純であっても一番難しいのがパンクであり、そして芸術である

そのように思っています。


そんな私の中での「パンク」の象徴であったのが忌野清志郎さんでした。

アルバムが発禁を受けたりしましたが、それでも曲がらず折れず、自分の主張をつらぬき

そしてともすれば、そんな状況だと、政治色が強くなったりしてそちらにのめりこむ方が

いらっしゃったりする中で、絶妙のバランスとスタンスで同じ場所に同じ格好でたち続ける。


首尾一貫している方だったと強く思います。

同じ場所で同じ格好で同じことを主張してたち続けること。

長い間、同じ気持ちを強くもち、ぶれない考えを主張し続けること。

変わり続ける事よりも、不変であることのほうが時に難しいことがあります。


特に音楽という流行に最も流されやすい業界で、不変であり続けた彼は

とても強い気持ちと意志を持ち続けた、私にとって「最高に格好いい人」

でした。

そして「とても強い人間」であると思っていました。


私が最後に彼をテレビで見たとき、彼は自分の病についてこういっていました。

「なんだか、前向きなんだよね。取り組む姿勢が(笑)」

とおっしゃっておられました

正確ではないですが、ニュアンスとして伝われば幸いです。


病気を治す、治療するということについて全力で取り組んでるんだよという姿勢が良く理解できました。

元気になるぞ!!という気合がとても伝わりました。


彼はきっと帰ってくる、それを信じて疑いませんでした。

しかし彼はかえってきませんでした。


でも、彼の通ってきた道、彼の残した作品は色あせず残っています。

彼は旅立ってしまいましたが、彼の通ってきた道、作品は、

これから彼を知る人々への新たな感動を与え、伝説として語り継がれることだと思います


最後になりましたが、


ご冥福を心からお祈り申し上げます。


そしてお疲れ様でした。