4月は新しい年度の始まりの会社も多く、
自分自身の初心を思い返す時期にピッタリです。
よく耳にすることわざで
「初心忘れるべからず」ということわざがあります。
これは
「物事に慣れてくると、慢心してしまいがちであるが、はじめた時の志を忘れてはいけない」
といった解釈が一般的ですが、実はもうちょっと深い意味があるらしく、
このことわざのルーツは室町時代に「能」の文化を大成させた「世阿弥(ぜあみ)」という人が書いた「花鏡(かきょう)」という本らしいです。
世阿弥さん。
社会の教科書で、観阿弥(かんあみ)とか世阿弥(ぜあみ)とか出てきたような記憶がちょっとだけあります。
その世阿弥さんいわく、
「初心忘れるべからず」の「初心」の本当の意味は
「始めた頃の気持ちや志」すなわち「初志」ではなく、
「芸の未熟さ」、つまり「初心者の頃のみっともなさ」だそうです。
初心者の頃のみっともなさ、未熟さを思い出すことにより、
「あのみじめな状態には戻りたくない」と思うことでさらに精進できるのだ、と世阿弥さんは言いたかったそうです。
そして、若い頃の未熟な芸を忘れなければ、そこから向上した今の芸も正しく認識できるのだとしています。
簡単に言うと、何も出来なかった時の恥ずかしい、ふがいなかった時の自分を忘れてしまうと、
慢心して人間は努力を怠ってしまうし、時に傲慢な態度にもなってしまう。
だからその未熟だった自分を忘れないでおく事が、自分を高めていく上で大事な大事な事なんだよ。
って意味の「初心忘れるべからず」だそうです。
始めて患者さんに触れた時、
始めて現場に立った日、
確かに惨めで何も出来なかった事を覚えています。
スタートはみんなそうなんですね。
だから人の動きを一生懸命見て覚えようともするし、
人の話は真剣に聞くもんです。
しかし、次第に2年3年と慣れてくると、
同じように人の動きを一生懸命見て学ぼうとしているかと言われればどうでしょう?
誰かの話を、今始めて聞くような姿勢で聞けているかと言われればどうでしょう?
知っている内容でも、きっと初心の時は、
初めて聞くような態度や姿勢で聞けていたのに、
だんだんそんな態度で臨まなくなってきている自分がいてたりして。
患者さんに施術が気に入らないと言われた。
マッサージが下手くそだと言われた。
自分が入った患者さんが次回全然通院してくれない。
自分の治療で症状が悪くなってしまった。
スタッフについていけないと言われた。
色々あるでしょう。
そんな時、あんな屈辱は二度と味わいたくないと奮起して頑張れと世阿弥さんは教えてくれているのかもしれません。
そして初心を抜け出した後(例えば患者さんの施術にしっかりたずさわれる用になった時)でも慢心せずに
初心の時に味わった屈辱感をときどきは思い出し、努力しなさい。
そして初心者の頃からどれだけ良くなったのかを振り返るべきだ。
またレベルが上がって玄人(クロウト)の領域に入ったとしても道に終わりはなく、
やっぱり初心の惨めだった自分を思い返し、常に向上心を持ちなさいと世阿弥さんは言っています。
いかがでしょうか?
初心。
初心だった自分を忘れてしまってませんか?
不安で、仕事を覚えるのに必死でノートに色々メモりまくってた自分。
患者さんに覚えてもらおうと必死で患にグイグイ喋りかけてた自分。
一生懸命に院長の会話を盗み聞きしてた自分。
上司の話をめちゃめちゃ真剣に聞いてた自分。
スタッフの皆に輪に入れてもらおうと、気を使ってた自分。
そんな初心を忘れずに、
初心の惨めだった自分を思い出して、今の自分を見つめて毎日の時間を大切に使っていきましょう。
これも1つの可能性の追求と、人間力の向上です。
今週も自分達と患者さんと、地域社会にとって価値のある仕事を頑張りましょう。
株式会社Axis 代表取締役 伊藤 健史
