あたたかな思い出 | てざわりの記憶

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

不思議なことなのだけれど、あたたかな記憶というのを探ってみると、決まってそれは冬の思い出だ。

それは冬空の下見知らぬ人からもらった一本の缶コ-ヒ-であったり、顔だけは知っていても名前も素性も知らない人と交わした一言であったり、多少非難めいてはいるが思いに満ちた仲間の言葉であったり、見も知らぬ家族の幸せそうな後姿であったり。

そして、そういった事に出会う確率が高いのは、やはりこの日だ。

何か個人的な理由でこの日を嫌っている人もいるが、そんな人はさておき、である。

理由はどうあれつまらないグチに巻き込まれるよりは、街に出て知らない人たちの普段とは違うソワソワした、それも、どちらかと言えば嬉しそうな方向にうわっついた雰囲気の中に居た方がはるかに健康的だろう。

楽しそうな人、嬉しそうな人を見るのはこころよい。

それがカップルや家族ならなおさらだ。


なので、心に残っているクリスマスの光景の一つに、TUTAYAでの駐車場警備のアルバイトがある。

街道沿いに面して大きな駐車場もある店なので、その日は朝からカップルや家族連れがぞくぞくと訪れた。

普段は客からはわりと疎んじられる役割のガ-ドマンなのだが、その日はやっぱりみんないい感じにうわっついていて、普段より優しい客が多かった。

すれ違いざまに車のなかから「メリ-クリスマス」と言ってくれた子供や(リボンの掛かった大きな箱、たぶんゲ-ム機、をかかえていた)にこやかに片手を上げて出て行く車などが多くあって、とてもいい気分の一日だった。

そんな雰囲気に刺激されたのか、同じアルバイト仲間のKさんと、帰りの電車の中で大いに話した。

私よりずっと年上で、物腰の柔らかい、いい人なのだが、あまりおしゃべりな方ではないKさんの若い頃の話を聞いた。

旅が好きで、思いたったら国内外何処へでも出かけていったこと。

一人旅が好きなので、奥さんは置いていってしまうこと。

でも、定年を迎えてアルバイトをして貯めた金で、二人でちょっと長旅をしてみたい、ということ。

等々、とてもいい気分で話を聞かせてもらった。


その日は帰宅が0時を過ぎていたが、なんだかとてもいい日だった気がして,今でもこのなんでもない、ぼんやりと幸せな一日は私の記憶に留まっている。