虎と馬。 | てざわりの記憶

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

トラウマと言う言葉を、ずっと「虎と馬」から来た中国故事か何かだと思い込んでいた私。そうか、さすがはアジア、精神文明は西洋に負けてなどいないっ!となぜか少し得意げだった。
小学生の頃、家族で旅行に行ったことがある。
瀬戸内海から奈良東大寺、高野山にも泊まるという一週間くらいの旅行。
とりわけ祖母が熱心な仏教徒だったので、そういったスケジュ-ルになったのだろう。
出発の朝、はしゃぎまわる弟や妹の横で、私自身もバクハツしそうな期待感を押さえ込んで、無理やりにすましていた事を覚えている。
弟はそのときまだ、自分が奈良で鹿に蹴りを食らって空を飛ぶだの、十二支園でなぜか大量の羊に追いまわされて、とうとう金網の端に追い詰められて号泣するなど思いもよらなかっただろう(笑
旅行も中盤に入り、メインの高野山一泊が終わっていよいよ下山すると言うその日、私たちはケ-ブルカ-の近くにあった売店に入った。
その売店に、なんと地獄のありさまを描いた子供向け(らしい)絵本が売ってあった。
父はそれを買って、その晩、私に見せたのだ。
私は、この世のものとは思えないその光景に(そりゃそうだ)震え上がり、泣きながらもそれから目を離せなかった。
人間が火であぶられ、くしざしにされ、油で揚げられ、鬼に喰われ、でも痛みはあるのに死ぬ事はできない(そりゃそうだ)のだ。
何より怖かったのは、それが「正当な行為」としてえがかれていること。
つまり、だれも助けてくれないということ。
恐怖に固まる私に、父は「いいか、悪い事をしたら、お前もこうなるんだ!」ととどめの一言を吐いた。
私はもう、気も失わんばかりだった事を憶えている。
その本によると天国に行く条件と言うのがすさまじく厳しいものだったので、(その時点ですでに私は嘘だってついていたし、こっそり冷蔵庫のおかしを盗んでたべたりもしていた)ああ、私はきっとじごくに落ちるのだ、と思った。
賽の河原で子供が鬼にいじめられるくだりもあり、そこでは唯一おじぞうさまが子供をかくまってくれる。
そうか、むしろ死ぬなら小学生のうちだ、などと本気で考えたくらいだ。
(なぜか私は、賽の河原の年齢制限が小学生以下だと思っていた。)
元来自責の念が強かった私は、自分の行き着く先を見せられた気がして、それはそれは絶望したものだった。
もともと病弱だった私は、いつ地獄に行くかわからない恐怖にさいなまれ、(何しろ医者からは、この子は大人にはなれないだろう宣言を頂いていたのだ)その日以来しばらく死の恐怖と、生きづらい日常との板ばさみになって、それこそ生ける屍となっていたのを憶えている。
もしこの日記を読んでいる人に子供が居るなら、(今はいなくてもやがて親になる人も)こんな形で子供を脅すような行為はしないで欲しいと思う。
・・・いないと思うけれど(笑