そしてちいさなしあわせ。 | てざわりの記憶

てざわりの記憶

目で、手で、耳で、時には舌で触れる日々の手触り。

その記憶。

今日も今日とて予期不安に鬱々としながら、塩おむすびを買いに重吉へ。
すると、何時もは早朝には店頭に無くて、その場でにぎって貰っていた塩おむすびが、すでにパッケ-ジ済みの状態でさっと出てきた。
ちょっとびっくりしたけれど、何時ものようにそれを買って仕事場へ。
でも、次の日も、その次の日もそうやって出て来たおむすびに、流石に「もしかして、私用?」と考えられる。
ちょっぴりうれしくなった。
こういったささやかな「お約束」は、ちいさな心の支えになる。
うれしくなりながらも、もしおむすびを二つ食べたくなったらどうしよう、などと思ってしまうのでした。
そしてお昼休み、いつものように公園に出た私は、あの「うしのトラック」が止まっているのを発見した。
なぜか、物陰からそ~っと近寄る私。
そして素早く携帯でぱちり!
それが、上の写真と言う次第です。
うしさんを捕獲して、また少しうれしくなった私。
何だか、生きていけそうな気がしたのでした。
うれしい、と二回も書いたけれど、ほんとうのところ、それがどんな感情なのか、はっきりと説明できない。
「うれしい」とか「たのしい」言った感情は、いつのまにか刹那的な「安心」へと変わってしまっているから。
何だか酷く感情のバランスが悪くなってしまって、平均台の上で暮らしているような、いつも警戒感が解けない感じの毎日がつづいている。
なので、ちょっとした事にすごく敏感に反応してしまったりする。
とくに、大きな音にとてもよわい。
クラクションなんて鳴らされたら、ショック死してしまうかも(笑
最近はちょっと悪化気味で、自己臭妄想まで顔を出す始末。
何だか、重油でできたうずしおにゆっくりゆっくりと飲まれていくような感覚。
そんなところに流れてきた、「塩おむすび」と「うしのトラック」につかまって、今日も何とか浮いているのでした。