イグアスからブエノスアイレスのホルヘ・ニューベリー空港に着いた。82.3ユーロかかかった。高いなー。今は3月10日16時。ブエノスはタクシーが安いのでタクシー広場でタクシーを拾う。
目指すは、サンマルティン広場近くの日本人宿だ。久しぶりに日本人に合えると思って楽しみにしていた。30分位掛かって、運転手に98ペソ払った。こっちの人は小銭のおつりは面倒なので返さないのだ。
宿は、上野山荘という所だ。チェックインをして、僕は個室なのでゆっくりできた。ここは、学生や20代前半の若い男女が多い。オーナーは留守で管理人の気持ちの悪い40代くらいの長髪の人がオーナー変わりだ。理屈っぽいであまり好きになれない。でも個室で1泊180ペソ(1900円)は安い。

  
           玄関                       ダイニング

 
                   キッチンと洗濯機

 
                      ベランダ。みんなの集まる場所
このホステルには特に愛着が無かったので、写真を1枚も撮らなかったのでネットから拝借した。とりあえず溜まった洗濯をした。5ペソ払う。部屋で荷造りをして、まずはサンマルティン広場へ行った。もう、暗くなりかけているのでざーっと近所を観光した。

 
       サンマルティン広場                フロリダ通りのお土産屋で
フロリダ通りにガレリアパシフィコというショッピングモールがあると地球の歩き方に載っていたので行ってみた。とても内装が綺麗なショッピングモールだ。B!Fにはフードコートもあるので
今夜はここで夕食を食べよう。

 

 
                 これで、9.5ペソ。肉が足りなかった。
9.5ペソとちょっと高かったのが、ステーキが食べたかったのでここにした。アルゼンチンでは、ステーキは炭でバーベキューの様に焼いて物でアサードと呼ばれている。
味は塩コショウでお好みで辛いソースをかける。味がいまいちはっきりしなかったが、まあまあ美味かった。でも満腹にはならないので、バーガーキングでセットを買って宿で食べた。
みんな宿の客は若くて同じくらいの年代がいないので、つまらなかった。ただ、タバコが吸いたいので面倒だけどベランダに行ったけど。洗濯物を干して、シャワーを浴びてその日は寝た。

【2日目3月11日】 翌朝は、無料のインスタントコーヒーと買っておいたパンで済ませた。疲れが溜まっているけど、観光へ。まずは、ちょっとはなれた5月広場へ。宿の前の通りのスイパチャ通りをひたすら
まっすぐ歩く。初めて歩く景色は新鮮なので20分以上歩いても楽しい。途中オベリスコも見える

 

 

 
大きなMayo通りに出るとまっすぐ15分位進んだら5月広場がある。あー結構歩いたなー。
大聖堂が左側に見えてきた。やはりスペイン領だっただけあってゴシック調だ。

 
この5月広場は大統領府の前にある為、事あるごとにデモの場所になっている

 

 

 
                        大統領府
さー昼飯を食べに行こう。日本食が食べたい。ここブエノスアイレスには日本人会館という空手、書道などの講座を受けられる会館がある。その1Fに日本食レストランがある。
会館に入ると空手、柔道など日本語で何か書いてあった。
レストランに入ると全日本と同じ感じでお茶とメニューが出てくる。
とんかつ定食(800円)にあいた。中々高いけど、結構人がいる。

 

 
味は美味かった。ニセ寿司職人が一生懸命に寿司を作っていたが、海外の寿司は食べる気にならない。ご馳走様でした。
次は北上して、国会議事堂へ行こう。歩いて30分、日差しも気温も高い。クタクタになってきた。
新しい景色だけが元気の源だ。

 
やっと世界一大きな通り7月9日通りに出た。予想通り大きな通りだった。5車線の通りが3つもある。これは一回では渡りきれない。


 
7月9日通りを渡り、Mayo通りをまっすぐ歩いてすぐだと地図では思ったが、遠い遠い。
やっと国会議事堂広場に来た。ここで一休み。あー疲れた。ここにきて旅の疲れが出てきた。

 
                   芝生も合って子供達がいて賑やかだ

 
                         国会議事堂
立派な造りだ。でも、見るだけで十分。次は、レコレータ墓地へ行く。ここも観光名所になっている。国家議事堂の前の大通りをまっすぐ歩いていくのだが、途中で迷った。学生の集団がいたので聞いたら”こっちだよ”と10数人の女学生に囲まれた。東洋人が珍しいだろう。可愛かったなー。子供の感性は世界共通である。
やっと着いた。きれいな造りの墓が並んでいる。
歴代大統領や有名人の墓があって、6400個の墓がある。そのうち70個が世界遺産に登録されているそうだ。アルゼンチンは墓の場所でその人の階級が評価されるそうだ。色んな文化があるなー。

 

 
あまり興味がないので、足早に出た。墓地を出ると聖母ピラール聖堂がある。とても綺麗な建物だ。ここは、元々は軍人病院だったそうで、国家歴史モニュメントに指定されている。
隣接してショッピングセンター、レストランがあるので、トイレを借りた。中がとても芸術的になっている。綺麗だなー。

 

 
さー、サンマルティン広場へ戻ろう。線路沿いのリベルタドール通りを歩いて15分位でサンマルティン広場に着いた。昨日、夕方見た感じとはまた違う景色があって、とても広い広場である事に気づいた。その近くにはブエノスアイレスの中心の駅、レティーロ駅がある。現在は国有化されたが、経済難でほとんどの路線が廃止になっているそうだ。ちょうど17時位だったので通勤客が凄かった。これは日本と同じだ。日本とは比較にならないけど。

 
   アルゼンチン空軍広場                  レティーロ駅

 

 
レティーロ駅を出てバスターミナルの方に行くと色々な店がある。南米のサッカーチームのユニフォームや雑貨を売っているマーケットみたいな場所へ行った。活気があって、日常を見れるこういう風景が好きだ。

 
今夜は何を食べようか。結局昨日も行ったショッピングモールでアサードを食べた。違う店で食べたが同じ料金でもまずかった。そしてまたバーガーキングでセットを買って食べた。特に目星ををつけていた店が無いので、失敗した。

 
                     夜のパラグアイ通り

宿へ帰るとみんなほとんど自炊をしていた。カレーやステーキなど若者が協力をしながら作っている。おれは、現地での自炊はしない。折角来たのだからその土地の物を食べる。カレーなんていつでも日本へ帰れば食える。宿の人達と話していると日本から来た人、パタゴニアから来た人、世界一周をしてる人。色々だった。途中旅で5人組の少年に囲まれて金を盗られたりとか怖い思いを人が結構いたそうだ。おれは、全く無かった。近寄ってくる人もいなかった。身長178センチ、ちょっと強面なのもあるのかなー。寂しい様な嬉しい様な。ベネズエラから来た50歳の男性と友達になって、明日は一緒にボカに観光に行く事になった。名前は青山さんと言って、仕事を休職して単身でJAICAで水道関係の先生をしているらしい。会社を休職してまで来るなんて羨ましいなー。色んな人がいるよ、旅をしてると。

【3日目 3月12日】
翌朝、またコーヒーとパンで簡単に朝食を済ませ、青山さんと10時位に宿を出た。
ボカ地区には、カミニートとボカジュニアーススタジアムを見に行くのが目的だ。初めてブエノスのローカルバスに乗る。バスに乗るにはパスモの様なカードのみだ。小銭は使えない。カードは宿から借りて無事に乗った。色んな人が乗っていた。やっぱり南米は混血が多い。でも、南米の女性は綺麗な人がとても多い。無事にカミニートに着いた。ここが観光客で一番多い。

 

 

 
町中がカラフルで飽きない。ある画家が大好きなボカに絵を描き始めたのがこのようなカラフルな街並みになったそうだ。このボカ地区はアルゼンチン随一の港町だったそうで、タンゴが生まれた町である。

 
            ボカジュニアーズ・スタジアムとマラドーナの足型

 
青山さんはスペイン語が話せるので助かった。昼食を取る事になって、適当な町のピザ屋に入った。こじんまりとした店で安くて美味かった。

 

 
カミニートからちょっと離れたボカジュニアーズスタジアムの周辺は人が少ないので夜は治安が悪いそうだ。この通り人通りがほとんどない。

 
カミトートへ戻るとタンゴショーをやっていた。50ペソで女性とタンゴの撮影ができるのでやってみた。タンゴは無表情で踊るし、踊る相手とは顔を5センチくらいまで近づける。照れてしまうよー。

 

 

中々、良かった。いい記念になった!
後は、しばらくお土産を買おうとぶらぶらした。日本語で話しかけてくるレストランのウェイターのいた。

 
                                      青山さんと

 
                        お気に入りの景色

 
                                      土産屋の店員と

 
                 演奏をしている人も!風情がある
いくら見ても飽きない町だった。ここがブエノスで一番楽しかった場所だ。
さて、バスで街へ戻る。続きはまた次号で!